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pISSN : 1226-3605 / eISSN : 2733-8908

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2011, Vol., No.51

  • 1.

    日本語の拗音(ゃ/ゅ/ょ)を伴うオノマトペの形態

    김창남 | 2011, (51) | pp.5~22 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    本稿では、山口(2003)『暮らしのことば擬音・擬態語辞典』に載せられている2,033語の中から拗音(ゃ/ゅ/ょ)を伴っている367語を71形式に分類して考察を行った。なお、考察においては71形式をさらに「~y(~y~)」「~yt(~y~t)」「~yr(~y~r)」「~yn(~y~n)」の四つのグループに分けて考察した。その結果、以下のことが明らかにされた。 第一に、「ゃ」「ゅ」「ょ」の語彙数については、「ゃ」が186語(50.68%)、「ょ」が105語(28.61%)、「ゅ」が76語(20.71%)で、「ゃ」を伴っているものがもっとも多い。 第二に、「ゃ」「ゅ」「ょ」の現れ方については、「ゃ」「ゅ」「ょ」の三つの中で「ちゃ」(67例)の例がもっとも多く、次に「しゃ」(60例)、その次に「ちょ」35例、「じゃ」(22例)、「ひょ」が19例、「にゃ」(16例)・・・の順に現れている。 第三に、「~y(~y~)」「~yt(~y~t)」「~yr(~y~r)」「~yn(~y~n)」の四つの各形式が占める割合については、「~y(~y~)」は25形式で35.21%、「~yt(~y~t)」は15形式で21.13%、「~yr(~y~r)」は7形式で9.86%、「~yn(~y~n)」は24形式で33.80%で、「~y(~y~)」形式がもっとも多く現れている。 さらに、形式別にみると、71形式の中で「~y~y」の「OOy反復型」が50例(33.11%)でもっとも多く、次に「~y~y~」の「OyO反復型」が39例(25.83%)、その次に「~y~t」の「OyOt型」が20例(24.39%)、「~yn」の「OOyn型」が19例(20.65%)、「~yr」の「OOyr型」が18例(42.86%)・・・の順に現れている。 上記の結果から、拗音「ゃ」「ゅ」「ょ」の中で「ゃ」の例がもっとも多く、また形式別には「~y~y」の「OOy反復型」の例がもっとも多いことがわかった。 以上、今回は現代日本語のオノマトペの形態的な特徴について考察したが、今後はオノマトペの時代別の変遷について考察を行いたい。なお、研究範囲も長音(ー)を伴うもの、仮名「り」を伴うもの、反復型のものに広げていきたい。
  • 2.

    副詞「結局」の定着と意味用法について ─雑誌『太陽』を中心に─

    조영희 | 2011, (51) | pp.23~38 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本稿は、現代日本語において使用頻度の高い漢語副詞「結局」の副詞用法の定着及び意味用法について考察した。明治期の国語辞書類の調査では、明治20年前後には主に体言として使われていたことが確認できるが、副詞用法はそれほど定着していなかったとみられる。言文一致期以降明治末期までの作品の調査を通じて、副詞「結局」は意味が似ている和語副詞「とうとう」ほど頻繁に使われていなかったことと主に論説調の硬い文体に使われる傾向が確認された。 『太陽コーパス』を使って年次を追って調査した結果、1895年以降1925年の間、「結局」の副詞以外の品詞の使用例は減少し、副詞としての使用例は増加する傾向がみられた。 副詞「結局」の意味用法は、文中でのはたらきによって二つに分けて考えることができる。ある事態が最終的に帰着する局面を提示する「最終局面提示」の用法と、先に叙述された内容を受け、それによって導き出される話者の判断を結論的に提示する「結論的な判断提示」の用法である。「最終局面提示」の用法の「結局」の前後の事態は時間的に前後する関係にある。一方の「結論的な判断提示」の用法の「結局」の前後の叙述内容は論理の流れの前後関係にある。両方の「結局」の意味用法は、ともに「結局」の体言の意味である「はて、終り」の意味と通じるところがあるといえる。
  • 3.

    振動器と身体リズム運動による発音指導 -特殊音素の促音を中心に-

    Kang, Yeon-Hwa | 2011, (51) | pp.39~56 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    韓国人日本語学習者の特殊拍の知覚と生成に現れる問題点は以前から数多く指摘されてきたが、実際に現場で活用できる指導法に関する研究は少ない。本研究はこの問題状況を基点とし、韓国人日本語学習者の初級と中級各10名を対象として促音の生成に見られる特徴と誤りの傾向を調べた。さらに、音声指導法の効果を検証することを目的として、VT法(振動器と身体リズム運動)を利用した指導と練習の効果を検討するために実験を行い、以下のことが明らかとなった。 促音の持続時間の長さを初級中級学習者と日本語母語話者を比べると、前の二者は日本語母語話者より短く、後続子音別の緊張度による影響も異なっている。日本語母語話者の場合、後続子音の緊張度が下がる([p]→[t]→[s]→[k]→[ ]→[ ])につれて促音の持続時間も短くなって緊張度の違いもはっきりと現れているが、初級では([p]≒[t]、[s]≒[k])同一時間になるなど、同じ反応を示している。中級では日本語母語話者の持続時間により近づいているが、この同一反応の傾向は残存([p]≒[t])している。また、初級中級共に後続子音別の全体において日本語母語話者より持続時間が短い傾向が強かった。VT法による指導と練習の後の発音テストの結果は、学習者により多少違いはあるが、初級中級両方とも促音の持続時間が日本語母語話者の持続時間に接近しており、効果が確認できた。また、初級では緊張度が高い音の場合に持続時間が長く、緊張度が低い音は持続時間短くなり、持続時間と緊張度との相関関係も確認できた。以上のように、VTは身体全体で覚えることで、練習の際、学習者が自己フィードバック出来るため、発音矯正に大きく作用したと思われる。今後の実験では、本調査で用いた振動器と身体リズム運動の他に韓国人日本語学習者が困難を感じている音声項目に関して多様でかつ適合した身体リズム運動と創作わらべうたを工夫して日本語教育現場に活用していきたい。
  • 4.

    韓国人学習者と中国人学習者の聞き 取りにおける外来語の認知傾向

    다나카 세츠코 | 2011, (51) | pp.57~76 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    外来語は外国から入ってきた借用語であるが、日本では主として欧米から入ってきた言葉を指すようになってきている。近年は世界的なグローバリゼーションの中で英語は突出した地位をしめるに至っている。韓国でも中国でも日本でも第1外国語として中学や高校で習う外国語はほとんど英語である。日本ではそうした英語起源の言葉が日本語として定着していく過程で、日本風の音に変化していく。また、韓国や中国での英語の語彙の受容の違いもある。中国と韓国の日本語学習者が日本語の外来語を聞いてその意味に達する時に英語の力によるのか、自国の中の外来語の力によるのか、日本語でそのまま理解しているのかということを調査の目的とした。調査の結果として、中国人学習者の聞き取りの正答率が意味到達度率より高いのに対して、韓国人学習者の意味到達率が聞き取り正答率より高いことがわかった。つまり、聞き取りを誤っても意味はわかるということである。もちろん例外もあるが、全体の傾向はこのように言えるであろう。次の相違点は認知手段に関するものである。中国人学習者は全体的に英語と日本語の助けが半々ぐらいの比率である。それに対して韓国人学習者はほとんど日本語の助けによって認知しているのである。
  • 5.

    일본현대시를 이용한 비블리오테라피 수업

    남이숙 | 2011, (51) | pp.77~94 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    詩には詩人の感動と感情が表れている。感動がない場合には、自分の潜在意識を目覚めさせ、意気消沈した自分を発見させてくれる要素がある。それだけでなく、詩は人間の姿を他のものなどにたとえて、よりリアルに真実を現わしたりもする。これらの概念をよくお読み出せば、我々は自分の内面のトラウマを克服し、情緒的な人間になることができる。適応力を高め、自発性を養い、肯定的な自己像を育てることもできると思われる。 こうした詩の側面を活用して詩による治療の授業を試みた結果、学生たちの発表から次のような効果が確かめられた。·羞恥心のために自由に話しづらい話も心を開いて論議することができる。 ·肯定的な自我の形成を助ける。 ·真の自己評価をする能力を啓発させる。 ·問題解決のために、より建設的かつ積極的な行動計画を立てられる。 ·様々な欲求や興味の範囲を豊かにする想像力を促進させる。日本や韓国では文学による治療はまだ新生学問である。このため、治療過程を説明するのに留まり、文学による治療のための明確な基準を立て、その効果を検証しているものはないと聞いている。最近、社会科学の一分野である心理学の方法を援用して、すでに統計が出されている文学による治療の有効性を検証しようとする動きがあると聞いているが、まだまともに数量化されたデータを目にしたことがない。ただし、数量化が可能だとしても、詩には測定不可能な感動·イメージ·情緒·響きなどの創造的な芸術としての固有の価値がとても高い。また我々の様々な欲求や興味の範囲を豊かにする想像力を促進させる要素も無限大である。今後、新しい角度から詩を楽しみ、この効果を教育現場に導入する作業が必要だと考えられる。
  • 6.

    視聴覚資料を用いたシャドーイング練習* ─上級レベルの学習者を対象に─

    최진희 | 2011, (51) | pp.95~112 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    本研究では韓国の大学における上級レベルの大学生を対象に、視聴覚資料を用いたシャドーイング練習の実践を試みた。シャドーイングは、「聞こえてくる音声を遅れないように、できるだけ即座に声に出して再生する口頭練習」であり、多量のインプットとアウトプットを必要とする方法である。調査参加者は週に一度集まって、シャドーイング練習を行った。そして、次の週まで各自シャドーイング練習を続ける。調査参加者にチェックシートを配り、シャドーイング練習についての評価、間違ったところ、反省点などを記録するように指示した。また、最初と最後のシャドーイング練習は録音して提出してもらった。 シャドーイング練習の効果を検討するために、SPOTテスト、再生テスト、ロールプレイ、語彙テストを行った。取り出し授業でシャドーイング練習を行った結果、SPOTでは事前より事後のほうが得点が若干高くなっている。 語彙テストでは90%正解している。語彙を覚えるのにシャドーイング練習が効果があると予想される。再生テストとロールプレイの結果を事前と事後で比較してみると、口頭運用能力に関しては明確な効果が認められなかった。 すべてのテストにおいて、文法的正確さに関わる誤用より語彙の誤用が多かった。語彙力が誤用率と関係していると考えられる。特に、長音の誤用が目立っており、シャドーイング練習の時も間違っていた。上級レベルの学習者にも長音の指導に注意すべきである。 調査参加者の内省ノートと録音ファイルを分析した結果、シャドーイングの間違いの回数が減ってきている。これは発音スピードが速くなっており、シャドーイングによって復唱能力が伸びていると推測できる。日本語習得においてシャドーイングはインプットとアウトプットをつなぐ役割をする有効な練習法であると考えられる。
  • 7.

    가게키요 관련 일화 고찰 -「측근의 배신」일화를 중심으로-

    Kim Mi-Ok | 2011, (51) | pp.113~132 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本稿で取り上げる「景清」は、『平家物語』で平家の侍の一人として登場するが、以後多くの作品で主人公として登場し、幸若舞曲『景清』においては、平家残党の集約体として登場している。これらは後に「景清物」と呼ばれ、日本全国に景清に関する伝説も残されている。このように、平家の一人の侍に始まり、後に平家残党の集約体を象徴する人物として登場するという、景清の描かれ方の変化が、なぜ生まれたのかという疑問は、景清に関する多くの研究を生み出した。これに関する日本での研究は、大きく二つの流れに分けることができるが、それは民俗学的方法を通した景清の研究と『平家物語』に現れる景清の研究である。また、このような流れとは関係なく、中国の忠臣らの名前が論じられることもある。その中で『平家物語』を通した研究中北川忠彦は覚一本『平家物語』に現れた一定の侍の羅列が景清が平家残党の集約人物として登場するためだと主張した。その他にも星野貴志は『平家物語』に登場する平家残党の話が景清と混同されることが多いが、これは固定化されなかった平家残党の話が景清につないたものと結論を結んでいる。だが、これら研究は『平家物語』伝本の中で「当道係」である語り物系だけを考察したり、「当道係」である語り物系と「非当道係」である読み本系で見えるエピソードが景清に混同された可能性を示唆して平家残党の集約人物で景清を相定して具体的で写実的な論証を避けている。これに本稿では『平家物語』だけを通じては景清を平家残党の集約体として想定するのは多少無理があると考えて、景清が平家残党の集約体に描かれている幸若舞曲『景清』に現れたエピソードらを通じてこれを証明しようとする。すなわち平家の復讐源頼朝の暗殺試み、側近および情人の裏切り、牢破り、観音の身代り、源頼朝の赦免、景清の両眼抉り等に関する史料を考察する必要性があると考えた。このようなエピソードの中で「平家の復讐源頼朝の暗殺試み」に関するエピソードに関しては拙稿を通じて『平家物語』だけを通じて景清を平家残党の集約体として見るのは多少無理があると記述した。このような流れ中で『平家物語』の景清と平家残党関連のエピソードである、側近および情人の裏切り、観音の身代りの中で「側近および情人の裏切り」についての史料を調査することで次のような結論を出すに至った。このように『平家物語』に現れる伝本の成立時期とジャンルが違いにもかかわらず、「側近および情人の裏切り」のエピソードは越中次郎兵衛尉盛嗣という人物で一致を見ていたし、一定の内容の流れも持っている。このような流れの中で記述された『平家物語』の伝本は部分的に差異点もあったが、盛嗣を景清で混同するほどの相違点ではないということである。言い換えれば、『平家物語』と記述された景清を平家残党の集約体として想定することは無理があるというもう一つの反証といえる。また、景清を平家残党の集約人物で想定されたことは他の理由があるという証拠でもある。これについては次の研究課題として引き続き研究していくようにする。
  • 8.

  • 9.

    パトロンとしての藤原道長 ―『紫式部日記』を主軸にして―

    SOONBOON CHEONG | 2011, (51) | pp.147~164 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
     芸術創造の長い歴史の上で芸術の保護者であるパトロンたちが果たした役割はかなり大きく、富と権力を誇るルネッサンスの王侯貴族や教会、新興の近代市民階級、コレクターや画商、そして現代の政府企業などは、芸術のあり方に多大な影響を与えてきた。 日本にもパトロンによって文学が隆盛した時代がある。平安時代の摂関政治では、貴族たちが競って娘を天皇に嫁がせ、生まれた皇子を天皇に即位させて外戚関係を築き、権力を掴もうとした。周辺に集められた女房たちは、知性を磨き合い、高め合って女房文学が花開いたのである。摂関体制がそのパトロンの役割を果たしたと言えるが、中でも一条天皇の中宮彰子サロンには、錚々たる才女が集められており、紫式部を始め、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔など、後世に名を残した人ばかりである。その彰子サロンの中心にはパトロン藤原道長がいて当時の女房文学を主導していた。もちろん道長は自分の権力維持や家の栄華を目的にしていたものの、平安女房文学があれほど栄えたのはやはり道長に負うところが大きいと言える。しかも、道長は単なる文芸の後援者にとどまらず、より積極的なかたちで文学創作に関ろうとした。   道長は、行事を主宰したり女房たちに和歌を要求したりする、平凡なパトロンとしての人物ではなく、紫式部を恋慕の女性としその女性を恋い慕う男性として演出したのである。当時は貴顕たちが物語的歌集や歌物語の主人公となることを一つのステイタスと考えているふしがあり、道長も自ら女性に恋を求める風流男になろうとしたと見られる。政治家の中には文芸の世界にも関わり名をとどめようとする人がいるが、平安時代の道長は、『源氏物語』という大長編物語製作のパトロンとなるとともに、日記文学『紫式部日記』と漢文日記『御堂関白記』における主人公的な存在として文学史にその名を残し得ている。
  • 10.

    『풀 베개(草枕)』론 ― 中庸의 美를 중심으로 ―

    강현모 | 2011, (51) | pp.165~184 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    本論文の目的は逆說と兩非論的な觀點から作品を分析して、作者漱石が『草枕』を通じて追求している美しさはなんと言うものか、那美さんの顔の一面に浮いている憐れは何を意味しているものか、それを糾明することである。そうすることによって窮極的には漱石が指向している人生の哲學はどんなものなのかを導き出そうと努めた。本論から考察したように漱石の兩非論は極端的に傾けること、あるいは或一方に片寄ることを否定していると察知することができた。畵工である「余」の旅立ちは山道を上って人情の世界から非人情の世界へ入って行きましたが改めて人情の世界への帰り道は川を沿って水路を利用している。山道から始めて山道で終わる直線往復がなくて、山道で入って水路に遠回りする循環の輪を作っている畵工の旅程はまさにメビウスの環を象徵している。海と陸の共存する海辺に位置している那古井が『草枕』の舞台として設定している。また畵工の胸中の画面が成就した場所もやはり出会いと別れ、遠い世界と現在の世界が共存するプラットフォームを設定している。これは中庸思想を象徵的に描寫する方法として、漱石の意図的な設定だと考えられる。漱石は『草枕』を通じて追求されている窮極の美は二項對立的な二つの世界の中間者的の位置から両方を共に合わせる中庸の美と言うことを明確に現しているのである。そして漱石は最も中庸的なイメージの木瓜の花に最上の値を与えている。従ってそれは漱石の中庸的な人生の哲學から起因していることだと言える。遠ざかって行く汽車を茫然として見送りながら顔一面に浮いている那美さんの憐れな顔色はメビウスの環のようにもう既に切りかかっている因果を繋げて呉れながら二項對立的な世界を共存と循環として融合させるパラドックスの世界であるのだ。この様に漱石の中庸思想はそのどちらも排除しない兩是論的な融合の世界であり、『草枕』は漱石の人生哲學と念願が盛り込んでいる美學小說であり、思想小說だと言えるだろう。
  • 11.

    『히카루의 바둑』과 일본의 바둑 문화

    김청균 | 2011, (51) | pp.185~200 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
     ほったゆみ原作、小畑健画、梅沢由香里監修の漫画『ヒカルの碁』はアニメーションとしても製作され、話題になった。ところで、この作品には日本の囲碁文化の様々な側面が描かれている。したがって、この作品は囲碁観をはじめとした囲碁文化などを視野に入れ、考察する必要がある。本稿ではこのような観点から『ヒカルの碁』を日本の囲碁文化と関連させ分析した。 『ヒカルの碁』には〈神の一手〉を追求する人々が登場している。藤原佐為、塔矢名人、ヒカル、アキラ、ヒカルと院生時代をいっしょに過ごした日本の棋士たち、国際棋戦北斗杯に参加した韓国と日本と中国の棋士たちは神の一手を追求する人々である。この人々はまるで求道者のように囲碁に精進している。ここには、囲碁が究極的には〈道〉を追求することと一脈通じるという思考があらわれている。この作品の基底には囲碁への精進は道の追求と一脈通じるという囲碁観がある。 また、この作品には日本の囲碁の伝統への誇りと賛美があらわれている。現代日本の囲碁は日本の長い囲碁伝統によるということが桑原本因坊、藤原佐為のような人物の造型をとおしてよく描かれている。 さらに、この作品は国際時代を迎えた現代の囲碁を肯定的に捉えている。韓国と中国と日本の若手棋士たちをとおして囲碁は、国境を越えて多くの人々に共有され、これから後の世代にも伝えられる文化であることを表現しているのである。
  • 12.

    시마자키 도손 연구* ―한국에서 시마자키 도손 연구 성과와 과제 조명Ⅱ―

    김희중 | 임성규 | 2011, (51) | pp.201~220 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
     藤村の著書及び譯書の刊行事情、學術論文、學位論文を中心にする硏究現況及び成果、その問題點及び課題を照明した。2005年、「韓國で藤村の文學の硏究成果と課題の照明」という論文を通じて筆者は、‘藤村の文學を硏究するのに必要な基礎文獻である韓國語の飜譯書がすくない。又、國內の東洋學の飜譯で實力のある人才が養成できなくて、飜譯人口の底邊擴大ができなかったと指摘した。5年が過ぎた今、狀況がよくなっているとはいえない。しかし、學界でも飜譯を認定し、受容する姿勢が眞摯に論議されていて、韓國硏究財團での東西洋の學術名著の支援事業を通じる事業も飜譯書の活性化に役に立つだろう。藤村關連の韓國人の論文を調べてみると、韓國の硏究者が日本論文や日本資料を參考文獻と注に引用している。韓國人が藤村關連の文獻を引用する時、單行本をはじめとして論文の 引用はその数がすくない。日本の近現代文學の學界で作品論の硏究物に対する客觀性の問題としてしばしば批判されている現實で、韓國の藤村の硏究者は先行硏究實績の硏究を通じる實證的の 硏究の姿勢が要求されている。
  • 13.

    村上春樹『スプートニクの恋人』論

    서인우 | 2011, (51) | pp.221~242 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本論は、村上春樹の小説のなかでもっとも評価が低く、先行研究の数も圧倒的に少ない『スプートニクの恋人』をとりあげる。『スプートニクの恋人』は、〈コミットメント〉の実践として一定の評価を得た『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』のふたつのノンフィクションの後に発表された最初の長編小説として注目をあつめたが、恋愛小説というジャンルに対する先入見と謎めいた内容によって、小説が内包する〈コミットメント〉の側面は等閑視されてきた。そこで本論では、〈コミットメント〉への転換以前と以後の作品に共通して表れる〈ユートピア〉のモチーフに着目する。〈ユートピア〉とは外部の混沌や汚れを〈排除〉した隔絶された世界のことであるが、たとえば前期の『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』における〈ユートピア〉と後期の『アフターダーク』で見出される〈ユートピア〉は類似するどころか、むしろ対立的するものとして描かれている。それは現実世界の混沌や汚れの〈排除〉に対する作家の態度の変化と深く関わっている。そこで、小説のもっとも謎めいた場面であるミュウの観覧車体験とすみれの夢の話のメタファーを綿密に分析することによって、それらが北朝鮮やオウム真理教などの現実世界の〈ユートピア〉とどのように結びついていくのかを明らかにする。
  • 14.

    정비석의 『자유부인』과 다니자키준이치로의 『열쇠』 ­ 오선영, 이쿠코를 중심으로 한 비교연구 ­

    오병우 | 2011, (51) | pp.243~262 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    鄭飛石の『自由夫人』が社會的な反響を呼び起し猥褻の是非に上がった点に谷崎潤一郎の作品『鍵』と第一番目の共通分母を成す。『自由夫人』の張泰淵敎授(42세)夫人の吳善英女史(35세)と『鍵』に登場する56歲の大學敎授と45歲の郁子の人物形成過程と男子主人公らの職業が大學敎授という二番目の共通分母をなす。『自由夫人』と『鍵』の作品が連載小說で出發した大衆小說という点が三番目の共通分母をなす。張泰淵敎授と吳善英女史の性的な不一致は『鍵』の大學敎授と郁子四番目の共通分母を成す。華麗な化粧と治裝を楽しむ吳善英は年に比べて若く見え、華麗な色合いを好む郁子とは五つ目の共通分母を成す。『自由夫人』と『鍵』における主人公が自ら楽しみ自己破滅に飛び入った点に六つ目の共通分母を成す。
  • 15.

    巖谷小波の「梢之月」とキリスト教

    Jaejin Yu | 2011, (51) | pp.263~280 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本稿では日本児童文学の嚆矢といえる巖谷小波がの『基督教新聞 付録』(1889年12月20日附)に発表した「梢之月」を巖谷小波におけるキリスト教受容、同時代のキリスト教文学、作中の聖書の言葉などを中心に考察した。この作品は従来の巖谷小波の先行研究では言及すらされてこなかった作品であるが、小波の初期文学におけるキリスト教受容を克明にみせてくれている。「梢之月」はキリスト教信徒のスキャンダルという素材を通して真の信徒の有り様とキリストの教えを伝える寓意小説として読める作品である。ここには、当時小波が関係していた自由キリスト教宗派の特徴が大きく影響していたと見られる。自由キリスト教は英米系の宗派とは異なり、教会や教理に固執せず、キリスト教と日本の文化と調和に重点をおいた布教活動が特徴的であるが、宗教との間で何ら葛藤を感じなかった小波の文学活動や「梢之月」の作品内容からもその特徴が窺えた。この作品が発表された時代にキリスト教は一般的にまだ新しい宗教であったため似非信者が多く、彼らを含めてのキリスト教への批判が往々になされており、「梢之月」はそれらの批判に対する反証としても読まれる作品であった。この作品の主題提示の単純明快さと、キリストの教えを物語を通して伝えようとする寓意小説の特徴も、また自由キリスト教の―伝道する教理を平易に、受容する側に受容れ易くするところ―の裏付けであると言える。「梢之月」は「漣山人訳」となっているが、これは、硯友社の作家達が当時エミールゾラに傾倒し、相次いで翻案作を出していた状況から、小波もゾラの「ムーレ司祭の誤ち」を知っていた可能性は大きく、翻訳の概念がまだ曖昧であった当時としては、題材を借りてきただけの「訳」も考えられる。以上、小波の「梢之月」という一編の短編小説は、自由キリスト教、当時のキリスト教やその信徒への批判、そして、硯友社のゾラ受容という様々な要因によって生まれてきた作品であったことを確認した。
  • 16.

    「厭世詩家와 女性」論 -에머슨의「LOVE」(「戀愛」)의 受容을 中心으로-

    이종환 | 2011, (51) | pp.281~304 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本考は日本の明治作家、北村透谷の評論「厭世詩家と女性」(明治25年)に關する硏究である。そのポイントはエマソンの恋愛観を透谷がどのように受け止めているかを調べるところにある。「戀愛は人世の秘鑰なり。戀愛ありて後人世あり、戀愛を描き去りたらむには人生何の色味かあらむ」。この評論の冒頭が示す恋愛至上主義の宣言は島崎藤村、木下尙江.らの同時代の青年達に大きな衝撃を与えた。男尊女卑の思想が澎湃していた明治時代に男女平等あるいは女性を恋愛の相手として考えている。言わば、女權伸張に力を注いた透谷の文学活動はエマソンの恋愛観に感化されたところは多い。以下、両者の恋愛観を比較検討してその主眼點をまとめてみよう。一つ、「想世界と實世界との爭戰より想世界の敗將をして立篭らしむる牙城となる」ものが「恋愛」である。それで、「恋愛」の役割は「想世界」と「實世界」を媒介するところにある。このような透谷の兩文學像である「想世界」と「實世界」の原拠に相応しいものがエマソンの「LOVE(恋愛)」に見られる。それは「蕾のころ」は「大人の 世界」である。従って、透谷の言う「想世界」と「實世界」の問題は、かならずしも透谷のオリジナリティではないと思われる。二つ、透谷、エマソン、両者は共に恋愛を賛美しながらもそれぞれの恋愛観への見方は大きく違う。透谷の恋愛観は「厭世主義」的である。これに比べてエマソンの恋愛観は「樂天主義」的である。このような両者の相異点には両者の結婚観に関わりあっている。すなわち、透谷の結婚生活が不幸なものであった。その反面エマソンの結婚生活は幸福なものであった。透谷の言う「厭世詩家」にはこの結婚生活からもたらされた「危機」を乗り越えるための「一種の円満な理解」というものもない。それ故にエマソンの言う「真の結婚」に到達しえず、「厭世」のどん底に陥ってしまう。そこに「厭世詩家」が女性を愛せざるを得ない背景がある。
  • 17.

    金嬉老事件と<反共> ―映画「金の戦争」論―

    임상민 | 2011, (51) | pp.305~320 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    金嬉老事件は1968年2月20日、在日コリアン金嬉老が借金返済のもつれから静岡県清水市において暴力団員2名をライフル銃で射殺した後、寸又峽温泉のふじみ屋旅館に経営者と宿泊客合わせて13名を人質に立て籠り、射殺した暴力団⋅曾我の悪行を公表することと小泉刑事による在日コリアンへの蔑視発言についての謝罪を要求した事件である。同事件は彼のストレートな発言故に、差別と被差別という枠組みで理解されやすかった。しかし、1992年に公開された映画「金の戦争」を事件当時の外交文書と裁判の同時期に展開されていた国籍書換え問題とを照らし合わせながら考察してみると、今まで金嬉老裁判に直接介入してなかったかのように思われてきた韓国政府は、総連を牽制するために獄中結婚の相手である金文子の訪日を許可したり、日本の金嬉老公判対策委員会を<左翼>と見なし、韓国の金嬉老救出署名推進委員会の渡日をストップさせたり、ましてや作家の金達寿を総連の警戒人物として見なすだけでなく、在日コリアンを民団と総連とにくっきりと線引きし、韓日両国の「友好増進」の妨げとなる要素を事前に除外しようとした点などから、同裁判に対する韓国政府の立場は在日コリアンの境遇よりは<反共><反左翼>を優先する立場だったことが明らかになった。そして、映画の製作陣は同事件を反日感情をあおるようなものではなく「世界に通用する人権問題」を考えたかったとしながらも、殺人そのものを曾我から房子を引き抜くための「愛」物語へと文脈を練り直すことにより正当化させたり、民団本部長の李裕天を映像からカットし、普段親密な関係にあった「金融業者」の趙澔衍を民団の幹部へと設定を変更⋅焦点化することにより、金嬉老と民団との間にあった対立関係を忘却させたりするなど、当時の<反共>と在日コリアンとの関係を考える手がかりを映像から削除したのである。映画「金の戦争」を<韓国人>というポジションを意識しつつ批判的に読み解くことは、当時の韓国政府だけでなく、今のわれわれ韓国人の内面に潜む<反共>が在日コリアン理解にどういう作用をしているかについて考えることであり、そういう意味でそれは今日の問題とも言えるのである。
  • 18.

    일본근현대문학 수업 사례 연구* -일본근대문학사 수업 사례를 중심으로-

    Tae Kyun Yim | 2011, (51) | pp.321~338 | number of Cited : 7
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    本稿は、筆者の大学に専攻必須科目として開設されている<日本近代文學史>科目の実際の授業事例を報告し、より効果的な教授法について考察することを研究目的とする。特に学習者の視点に立ち、特にマルチメディア教育という技術的な面での教授法に利点を置きながら、学習者の感性に訴える教授法との調和について探りたい。 具体的な授業事例においては、まずインターネットを利用した授業方法について紹介した。<YouTube>や<ニコニコ動画>などの動画共有サイトを通して、文學作品の映画の予告編を模した映像作品を紹介し、作品の理解に役立たせている。またインターネットを通して作家の肉声や声優による朗読資料を聴くことにより、作家や作品に対する関心を高める。 本授業ではパワーポイントを使って人物相関図を作成し、学生に提供している。授業が終わる前にその日の学習内容を穴埋め、あるいは四択クイズ形式の問題を解くことによって確かめる。 それから作品の理解を助けるために、小説の漫画本も授業で使う。文學作品を原作とする漫画本は数多くあるが、中でも原作の文章、ストーリーの展開、心理描写などにおいて、できるだけ原作にそった内容の作品を選んで授業で紹介する。 その他にも感性に訴える教育の一環として復刻版や作家の愛用品の複製などを学習者に提示したり、学習者自らが詩の暗唱や俳句の創作を試みたりすることにより、文學を体験できる授業になるように心掛けている。 これからの文學授業では、マルチメディアの積極的な導入とともに文學本来の特性を生かした教育方法が必要になってくると思う。
  • 19.

    『或る女』論* ―木部という人物について―

    정욱성 | 2011, (51) | pp.339~352 | number of Cited : 1
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    I discussed it while paying attention about a person called Kibe whom I did not pay attention to very much by the main subject so far. What did not attract attention will be because I did not think it to be such an important person with a work so far. However, Kibe was not the simple character who carried just the position who gave a career in the past who hurt for Yoko as considered by the main subject. Besides, as for Kibe, judging from the inspection by the conventional main subject, it feels like having to be it in the work called "a certain woman" to be an indispensable important person so as it has a great influence on Yoko of the chief character, and to give a change in a lifetime. In the formation process of the Yoko image, the big thing that I had an influence on does not turn in particular on doubt. If hope and disappointment, a wave were abusive, I tasted reality, a list and the back and the world where it was said through a married life with short Kibe of Yoko. The sprouting to particularly <-related> and <hypocrisy> will be that it was clarified that it was the most notable thing that I have changed Yoko into another person through the main subject in that. 
  • 20.

  • 21.

    ‘황민화’와 ‘내선일체’로 본 친일문학의 양상*

    정창석 | 2011, (51) | pp.373~406 | number of Cited : 0
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     所謂戦争文学から決戦文学に至る「親日文學」である「新体制文学」の時局論議は、植民地支配権力が文学者を傍観する筈がないという事を勘案しても、当局の目を逸らす手段であるとか、権力の強制による屈服であるとだけでは済ませない問題を未だに残している。 それは、彼らのその自発性の問題であり、植民地の現実に順応する現実妥協の知的無気力の問題である。そして、植民地時代の親日行爲がそうであるように、それが持つ背民族的性格の問題である。 「親日文學」の重要な内容の一つが所謂「聖戦」参加の問題であった。周知の通り、戦争とは国家と国家あるいは集団と集団との戦いである。その国家または集団は、同じ価値観や目的、あるいはイデオロギーに支えられ、国家あるいは民族をかけて対決するのである。満州事変、日中戦争に於いて韓国民族にこのような要素が実在したのだろうか。また、太平洋戦争に韓国の民衆がどれ程の参与意識を持っていたのだろうか。当時の韓国は植民地という時代状況で、人的物的資源の利用を狙う日本帝国主義によって強制的にかの戦争に巻き込まれて行ったのであるが、「親日文學」の文学者たちが叫んだ勝利とは裏腹に、韓国の民衆の動向は日本帝国主義の敗北を願っていたのが実状であった。 そして、いわゆる「親日文學」の文学者たちが日本人意識の上に立ち、参与意識を露にしたにもかかわらず、彼らが夢見た「大和民族との同等の地位」あるいは「アジアの指導民族」にはついになり得なかったのである。 結局、これらの「聖戦」への参加を呼びかけるのは、日本帝国主義への忠実な服務と屈服を意味する事に過ぎないし、韓国民族の巨大な犠牲を強要する事に他ならないのは勿論、いつの間にか、アジアの加害者の方に加担する矛盾をはらんでいたのである。 したがって、いわゆる「新体制文学」の重要な主題の一つである韓国人の「聖戦」参加問題は、韓国の民衆とアジアの民衆に対して同時的に戦争責任を負わなければならない結果を招くしかない。 「親日文學」たる所謂「新体制文学」の論理は二つに要約できる。一つは、植民地支配下の現実受容と妥協がそれである。現実とは主に日本帝国主義の戦争遂行を意味する。韓国は、日中戦争までは所謂「大陸兵站基地」と呼ばれたが、太平洋戦争以後は所謂「大東亜兵站基地」と呼ばれるに至った。日本帝国主義は所謂「聖戦」の拡大につれて、植民地韓国の人的、物的の両面にわたっての総動員体制が緊急課題となり、韓国に於いての所謂「新体制」が始まったのである。厳しい検閲の下、文学者の動員もその一環であった。 もう一つは、現実反映である。「親日文學」に於いては、急変する「聖戦」の戦況を反映しながら、「皇民化」と「内鮮一体」の実践と、民衆の戦争参与意識を鼓吹する作品の創作が重要視された。いわば、文学の政治的宣伝道具への転落であるし、この段階で「親日文學」はなくなって日本文学へ帰属するのである。
  • 22.

    한국의 울릉도・독도개척사에 대한 일본의 조작행위* -川上健三와 田村清三郎를 중심으로-

    최장근 | 2011, (51) | pp.407~426 | number of Cited : 2
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    本研究は19世紀後半韓國政府が日本の鬱陵島および獨島への侵入を備えて開拓を行ったが、戦後日本は独島の領有権を確保するために独島の管理は全くなく鬱陵島においては韓国領土としての管理が消極的であったとして独島の領土的権原を造作している。本研究は川上健三と田村清三郎を中心として分析したものである。その理由はこの二人が戦後竹島が日本の領土であるという論理を造作した者だからである。研究構成についてはまず、近代朝鮮が行った鬱陵島獨島の再開拓の實體について考察した。第2に、近代朝鮮が行った鬱陵島の再開拓の事実を歪曲してむしろ日本領土としての権原のみ存在するとした造作行爲を究明した。第3に、大韓帝國が日本の領土侵略から国土を守るため行った獨島の開拓および行政措置に対する日本の造作行爲を究明した。本研究の結果として、近代になって鬱陵島を開拓した島民は鬱陵島から見える獨島を生活場として活用していた。つまり鬱陵島韓民が独島まで往来したということである。それで島の形象から独島という名が生まれた。独島というのは石でできた島という意味である。大韓帝国はこのような認識で勅令41號をもって鬱陵島、竹島とともに「石島」を領土の一部として行政措置をとったのである。前近代においても朝鮮朝廷は鬱陵島を空島政策をもって空にしていたが、東海に于山島と鬱陵島となる2つの島が領土として存在するという領土認識をもっていたのである。このような認識は近代になって日本の侵略に備えて鬱陵島はもちろん今の独島に対しても領土認識をもって行政措置をとっていたのである。にもかかわらず、川上健三と田村清三郎をはじめとする日本側は戦後から現在まで独島に対して領有権を主張するために上述したような韓国の鬱陵島における実効的管理を否定して竹島が日本の領土であるという論理を造作した。川上は鬱陵島について当時の朝鮮は空島政策をもって島を廃棄したのを日本が管理していたが、幕府の外交政策の失敗で韓国に奪われたと論理を造作した。独島については日本人が先に1903年から独島で海驢漁をおこなった。韓国人は日本人に労働力として雇われてからはじめて独島を知ることができたとし、日本が韓国より先に独島を実効的に管理したという論理を造作した。田村は独島のみを扱っているが、その認識は川上の論理と同じく竹島の日本領土論を造作した。