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pISSN : 1226-3605 / eISSN : 2733-8908

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2012, Vol., No.53

  • 1.

    일한어의 행위요구문에 관한 일고찰 -직접적 형태를 중심으로-

    김아란 | 2012, (53) | pp.05~28 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    日韓語は文法的な類似点が多い言語として知られているが、ことばの運用面からみると相違点も少なくない。本稿では両言語において直接的に行為要求を表す際、話し手がどのような形式を使用して聞き手との心理的距離を調節しているかを映画の台詞を用いて分析した。その結果、日本語ではテ形やテクダサイ形のように要求の強制度が低い形態を選択することで待遇度を高め、聞き手に対する配慮を表す傾向が強かったのに対し、韓国語では話し手と聞き手の社会的関係や心理的距離を明示化する格式体ではなく、親しみや情感的な態度を表す非格式体を選択し、聞き手との心理的距離を縮めようとする傾向が強いことが明らかになった。また、行為要求文を実現する日韓語の多様な形式間で一定の対応関係が見られるかを確認すべく、日本語韓国語の行為要求文が韓国語日本語にどのように訳されたかを映画の字幕を用いて観察した。その結果、日本語の丁寧体であるナサイ形が韓国語の非丁寧体であるhay体に訳されたり、韓国語の丁寧体であるhayyo体が日本語の非丁寧体であるテ形に訳されたりするなど、明確な対応関係を見出せないことが分かった。その理由は、日本語では話し手と聞き手の社会的関係や発話場面などによって多様な形態が使い分けられているのに対し、韓国語では話し手と聞き手の年齢を基準とし、丁寧体と非丁寧体の使い分けはなされていたものの、全般的に非格式体の形態が用いられる傾向が強く見られ、これらが翻訳に影響を与えたためだと考えられる。
  • 2.

    일본어「의뢰」표현에 대한 화용론적 고찰

    김종아 | 2012, (53) | pp.29~42 | number of Cited : 4
    Abstract PDF
    「依頼」表現は話し手にとって利益に繋がることを聞き手に実現させようと働きかける表現である。日本語において依頼表現は専用の言語形式を持たず、ある言語形式が一定の条件の下で「依頼」の意味を表す場合が多い。こうした「依頼」表現は話し手にとっては利益に繋がるが、聞き手にとっては負担になりかねないため、その使用場面において聞き手への適切な配慮が必要とされる。これは円滑な人間関係を維持するためにも重要である。そこで本稿では日本語の「依頼」表現を中心に語用論的な観点から分析し考察した。日本の小説から「依頼」の意味を表す表現を採集し、オーステインとサールの発話理論を基に「依頼」の使用条件について分析した。そして、その表現の相違点についてはグライスの「協調の原理」とリーチの「丁寧の原理」に基づいて同じ意味内容を持つ表現がどのような言外的な意味を持つのかについて考察した。これからは発話場面において相互主義的な観点からの研究が必要であり、文法を中心とした日本語の教育を変えて場面にあった適切な形式を教育させて行くべきでだと思う。
  • 3.

    万葉集巻5における語彙について -「助詞・名詞・副詞」を中心に-

    안희정 | 2012, (53) | pp.43~64 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
     本稿は、万葉集巻5における語彙の中の「助詞名詞副詞」を対象にして、憶良(以下、<オ>)と旅人(以下、<タ>)やその他の作者(以下、<他>)における語彙分析とその特徴を明らかにしたもので、その結果を簡略に述べると次のようである。 1.助詞は、延べ語数1015語(巻5で32.7%を占める)、異なり語数45語である。<オ>と<タ他>の両方で用いられる語彙は27語であり、どちらか片方でのみ用いられる語彙はそれぞれ5語と13語である。特徴としては、<オ>の「ユ」に対して<タ>は「ヨ」を使っていること、<オ>に「カ」の使用が目立つこと、そして、「モ」の甲乙の混乱は、<他>にはあるものの、<タ>には1例もないことである。 2.名詞は、延べ語数766語(巻5で24.7%を占める)、異なり語数316語である。共通語は61語で、その割合は19.3%であり、相違語は<オ>165語、<タ他>88語である。特徴としては、歌の性格上、例の多い語彙の中「ヒト」一語に過ぎないことと「ウメ」と「ハナ(花)」の頻度が高いこと、甲乙の混乱があることである。特に、「許良」の「許」の表記は、乏しい古写本に起因するものである。 3.副詞は、延べ語数71語(巻5で2.3%を占める)、異なり語数38語である。<オ>の方が語彙の多様性を見せている。共通語は6語で、相違語は<オ>22語、<タ他>10語である。特徴としては、<オ> <タ他>ともに副詞を多様に使用していること、3回以上の使用語彙は「カク」一語しかないこと、そして甲乙の混乱がないことがあげられる。
  • 4.

    談話レベルで見た誘い行動の韓日対照研究 -親しい友人間の会話を用いて-

    Choung, youngmi | 2012, (53) | pp.65~86 | number of Cited : 6
    Abstract PDF
     本稿は、韓日の母語話者間の会話で起こった韓日の誘い行動を談話レベルで比較したものである。会話参加者は親しい友人関係にある女子大学生(韓国人24名、日本人24名)で、誘い内容は負担の少ないものに条件統制してある。韓国語では12会話から計26の誘い行動が抽出でき、日本語では12会話から計17の誘い行動が抽出できた。すべての誘いは相手から受諾を得ている。 会話におけるやりとりを誘い内容との関与度によって誘い談話、誘い関連談話、非誘い談話の3種類に分け、談話レベルで比較した結果、韓国語では日本語より誘い談話が多く、日本語では韓国語より誘い関連談話と非誘い談話が多かった。各談話の展開から誘い行動の特徴を検討した結果、韓国語では1つの会話に複数の誘い行動が立て続けに起こる傾向があり、日本語では1つの会話に複数の誘い行動が現れる場合は、誘い行動と誘い行動の間に非誘い談話が挿入される傾向があった。さらに、韓国語では誘い行動の開始から終了までの間には誘いと関与性の低い話題(非誘い談話)を挿入しない傾向があるが、日本語では韓国語に比べて、誘い行動の途中に誘いと関与性の低い話題の挿入が起こる傾向が明らかになった。つまり、韓国語は日本語より1つの誘い行動が1つの誘い談話のみで構成されたものが多いが、日本語では1つの誘い行動が誘い談話と誘い関連談話で構成されたものが多い。誘い行動の途中に起こる非誘い談話の挿入からは、「相手への配慮」と「誘い行動のテンポを遅らせる」という2つの働きが見られた。
  • 5.

    「のだ」と「것이다」の対応関係 -近代文学作品の翻訳例を中心に-

    Choi jinhui | 2012, (53) | pp.87~102 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
     本研究では近代文学作品における日本語の「のだ」と韓国語の「것이다」の対応関係を分析した。『不如帰』では「のだ」が184例であり、「のだ」に対応する「것이다」は9例(4.8%)しか見られなかった。『金色夜叉』では「のだ」が175例であり、「のだ」に対応する「것이다」は13例(7.4%)見られた。「のだ」に「것이다」が対応する例は非常に少なく、複数の形式が対応している。先行文脈や状況との関連づけが明確であり、事柄の内容を明確に伝えるるために「のだ」が用いられた場合、「것이다」が対応している。しかし、「のだ」は話し手の意図を表すためにも用いられるが、「것이다」は用いられない。「것이다」は話し手と聞き手が共通に認識している事柄の内容を明確にするために用いられる。 近代文学作品において「のだ」は談話のモダリティとして発達したが、「のだ」に比べ、「것이다」は文法化が進んでいない。「것이다」は「것」の意味的制約により、名詞化の機能が強く残っていると思われる。 一方、「のだ」に、「것이다」が対応せず、韓国語の「일」「길」「말」「터」を含んだ表現とムードの「-다、-어、-지、-군、-네」などが対応している。日本語は「のだ」が複数の意味機能を持っているが、韓国語の「것이다」は使用制約が強い。韓国語は形式と意味の一致を重視し、曖昧な表現より明確な意味をもつ名詞を使う傾向がある。そして、話し手の意図を表すためには「것이다」よりムードのほうが用いられると思われる。
  • 6.

    오하구로(お歯黒)에 관한 연구

    Kim, Hyunjung | 2012, (53) | pp.103~124 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    お歯黒とは白い歯が美しいと思われている現代の美意識とは反対の、歯を黒く染めてそれを美しいものと考える日本の伝統的な風習である。このようなお歯黒は中国とか韓国では流行ったことのない日本独特の化粧の方法である。お歯黒は日本では古代からはじまって明治時代の初期まで日常生活の中に完全に定着して行われていたが、このような風習がいつから始まったのか正確には知られていない。ただ日本では平安時代頃には日常に完全に定着していたことが様々な文献から確認できる。平安時代には貴族を中心に、女だけではなく男も歯を黒く染めていた。さらに、平安時代からは女性の重要な嫁入り道具の一つとして定着して、江戸時代までこのような風習が続くようになる。平安時代までは貴族が中心であったが、室町時代からはだんだん庶民の間でも行われるようになった。江戸時代になると、貴族以外の男はお歯黒をしなくなり、女の場合も結婚した女性と大都市の遊女などがお歯黒をつけるようになった。また、前の時代までは8歳前後にお歯黒をつけていたが、江戸時代からはだんだん13歳、17歳とお歯黒を始める年齢が高くなっていく。以後お歯黒は民間では明治時代まで見られるが、明治時代になって外国との交渉が活発になるにつけて外国人の目からお歯黒が野蛮な風習であるという認識があった。そのような認識に驚いた日本の政府がお歯黒の禁止令を出して、以後だんだん民間でもお歯黒をしなくなり、大正時代にはお歯黒もほぼ完全になくなってしまう。日本ではこのような過程を経てお歯黒という千年以上も続いてきた長い伝統の風習がなくなり、西洋と同じように黒い歯は醜く、白い歯が美しいという美意識に完全に変わるようになったのである。
  • 7.

    경성제대 ‘국문과(일문과)’ 출신 서두수 연구 -『만엽집(万葉集)』번역을 둘러싼 김억과의 비교를 통해-

    Park Sanghyun | 김양숙 | 2012, (53) | pp.125~142 | number of Cited : 5
    Abstract PDF
    京城帝国大学で「朝鮮人」として当時の「国文学」(=日本文学)を専攻した者は、たった二人しかいなかった。徐斗銖と崔星熙がその人たちだ。崔星熙は卒業後、専攻を変えて法学科に進学してしまうが、彼女と違って徐斗銖は卒業した後、梨花女専で「国文学」(=日本文学)を教える教員となって日本文学に関する評論や論文などを発表しつづけた。その中でも特に注目されるのは、1942年11月2日から12日にかけて毎日新報に連載した「防人歌:稚拙な移植」といった防人歌の朝鮮語訳である。そこには『万葉集』巻20や巻14に納められている防人歌が朝鮮語で訳されている。一方、韓国で詩人として、そして翻訳家として幅広く知られている金憶は『万葉集』からいくつかの作品を取り上げ、朝鮮語で翻訳した。そしてそれらをまとめて、「万葉集鈔訳」というタイトルで1943年7月28日から8月31日にかけて毎日新報に続けて掲載した。また、彼は「鮮訳愛国百人一首」を通じても『万葉集』の作品を植民地朝鮮の人々に紹介した。徐斗銖と金憶が『万葉集』の作品、中でも防人歌を朝鮮語で訳して、植民地朝鮮の人々に移植しようとした理由は明確だった。彼らにおける翻訳意図は朝鮮人の皇国臣民化だった。このように二人における翻訳意図は基本的には同様だったが、その翻訳のスタイルはかなり異なった。徐斗銖は『万葉集』の作品を朝鮮語で翻訳した際、5・7・5・7・7といった短歌のリズムを保ちつつ訳した。一方、金憶は短歌の音数律を兩章時調型で訳した。そして、この違いは彼らにおける学問的背景からきたと考えられる。すなわち、文献学や『万葉集』の注釈書を身につけることによって可能だった徐斗銖の翻訳スタイルは、彼が京城帝国大学で近代的学問としての「国文学」をしっかり学んだからこそできたことであった。
  • 8.

    ‘황국’의 ‘고사’로 증명하는 세계 -모토오리 노리나가 고사기전 의 주석과 방법에 대해-

    배관문 | 2012, (53) | pp.143~162 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    本稿は、本居宣長の『古事記伝』そのもののテキスト分析を通じて、『古事記』注釈の営みについて考えようとする研究の一端である。とくに注目するのは「皇国」という言葉で、まず『古事記伝』の執筆過程において「御国(ミクニ)」の語が「皇国(ミクニ)」に変わって用いられている事実を明らかにした。そして『古事記伝』中の「皇国」が具体的にいかなる注解の場面に現れているのかを検討した。それは「皇国(の古)言・語」の用法を説明する際に最も多く見られるが、他にも「皇国の(古の)物・事」、また「皇国(人)」など、さまざまな形で使われている。なかでも宣長が「皇国」にかかわらせて、いかなる「古事」に関心を示しているのかを調べたところ、それはあらゆる風習的なものを総括するものであり、また常に「漢国」との対比で語られている。宣長にとって『古事記』注釈を通して神代の「事の跡」を探っていく作業は、すなわち「皇国」の真実性を担保するものであり、そのことが「皇国」という自国アイデンティティの選択と主張にもつながると考えられる。
  • 9.

    노(能)의 대중화와 곤파루 젠포(金春禅鳳)

    Lee, Jin-Ho | 2012, (53) | pp.163~184 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
     能の真の大衆化は、アイロニカルにも応仁の乱という政治的に頗る不安定だった時期から求められる。大衆化の程度は当代の上流階層が残した日記類の芸能関連記事からも窺えるが、大成期には全体の十二パーセント程に過ぎなかった能の興行関連記事が、乱以降からは過半を占めるほど芸能界の中枢を成し、その享受層もまた社会の底辺に至るまで下向的多様化傾向を示す。大衆化時代にみる能芸風の変化は、正にこういった享受層の下向的多様化に当てはまるもので、これは当代を代表する禅鳳の芸風からも窺えよう。 とりわけ能詞章の場合、禅鳳は、大成期の世阿弥に比し、先行の関連知識を要する和歌引用を最少限に納め、結果的には享受層の下向的多様化に歩調を取ったといえよう。こういった傾向は能の素材や主題面においても言え、禅鳳は、たといその出典は不透明であっても、当時一般民衆の間に廣く膾炙されがちな通俗的な素材を通し、メッセージの伝達よりは力動的な舞い働きの方に眼目が置かれ、いわば観客をして一次元的な視覚的興味を誘発させる。要するに、こういった視覚的要素は、人間の最も根元的な感覚の一つであって、窮屈な知識も要せず、インパクトもまた強いわけである。 とはいえ、禅鳳のこういった視覚優先の芸風は、先代の信光からの影響、あるいは周辺の要求によるものかも知れない。しかし、もう一つ注目したいのは、禅鳳の能にみる視覚優先の傾向は、とうじ急浮上していた他の視覚的芸能の流行と相まって、当代の芸能界の流れを能に反映した結果によるかも知れないということであろう。
  • 10.

    『懐風藻』所載「於長王宅宴新羅客」詩群について -渡倭系作者と非渡倭系作者の観点から

    ITO, Masahiko | 2012, (53) | pp.185~200 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
     現存する日本最古の漢詩集『懐風藻』には作宝楼と呼ばれた長屋王の私邸に於いて新羅からの使者を饗応した際に詠まれた「於長王宅宴新羅客」あるいは「於宝宅宴新羅客」との題を持つ詩群が収載されている。本稿では詩群の作品に於いて「別離の悲愁慰勞馳思」「主客渾然主客同心」「華夷思想の発露」といった要素がどのように表われているかを渡倭系、非渡倭系に分けて検討してみた。 「別離の悲愁慰勞馳思」および「主客渾然主客同心」については渡倭系作者、非渡倭系の作者を問わずどちらの作品にも表われていることがわかった。その反面「華夷思想の発露」については確実な用例は非渡倭系作者の作品にのみ見えることが注目される。この事実は詩を残した者のうち渡倭系の文人が半数以上を占めている事実が新羅の使節を招くということに対する主人長屋王の配慮によるものであったという辰巳正明(1990)の指摘を勘案するならば、渡倭系文人たちが自身らの祖先の郷国より訪れた新羅使に対して、礼を失する可能性のある「華夷思想の発露」を詠み込むことを敢えて避けたための結果であると考えられよう。また宴の主催者たる長屋王がその作品に「別離の悲愁慰勞馳思」と「主客渾然主客同心」を詠みこんで、敢えて「華夷思想の発露」について言及しなかったのも同じ理由によるのではないだろうか。当該詩群の作品は言語風俗を異にする新羅と日本の文人が漢詩文を通じて文雅の交流を行い、温かい心のやりとりをしたことを示唆している反面、当時の政治外交上の対外観念にとらわれていたことも示している。その中にあって長屋王詩苑に集った渡倭系詩人は日羅関係の安定と和平に努めたであろうことが想像される。宴席において詠まれた詩群からは渡倭系文人らが帰国する新羅使を尊重する配慮をもってもてなし、別れを惜しみ、彼らを慰労しようとした人間的な心の営みを知ることができるのである。
  • 11.

    『春の雪』に現れる2 26事件 -「恋愛小説」に潜む政治事件-

    金子真樹 | 2012, (53) | pp.201~220 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    三島由紀夫の『春の雪』については、作者が自ら語るような「たわやめぶり」の小説としてのイメージが定着し、王朝風の美しい恋愛小説として解釈されるのが一般的である。しかし恋愛小説は恋愛小説でも、かなり異質な作風になっている部分があり、本稿ではその異質さを「禁忌」「恋闕の情」というキーワードを手掛かりに解明を試みた。そして『春の雪』の小説中に表れるいくつかの不思議な描写や、クライマックスで主人公清顕が聡子に面会を拒否されて死んでいく過程を追うことによって、この作品と、三島の精神世界に大きな影響を落としている天皇制や2・26事件との関連性を指摘し、その意味について考察を試みた。『春の雪』を精読すると<2・26事件三部作>や『奔馬』の影に隠れて従来はあまり論ずることのなされなかったが、この作品にも2・26事件の陰影が淡いトーンながらもはっきりと映し出されていること認められる。
  • 12.

  • 13.

    한・일 요양보호사의 직무스트레스에 관한 비교연구

    김경민 | 가복만 | Chang Sae-cheol | 2012, (53) | pp.241~260 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    本研究は、韓日老人福祉施設の従事者を対象に職務ストレスの比較分析を行い、韓国における療養保護士の職務ストレスの影響を明らかにすることを目的とした。調査対象者は、韓国の療養保護士と日本のホームヘルパー(韓国の療養保護士にあたる)433人の調査データを基に分析を行った。調査方法としては、自記式質問紙にて調査を行い、SPSS17プログラムを用いて、韓日療養保護士の職務ストレス現状を調べるために、記述統計を行った。さらに、職務ストレスに対する差異分析に関しては、平均差分析で得られた結果を考察した。職務業務ストレスに及ぶ影響を調べるために重回帰分析も行った。職務ストレスの要因モデルは、島津明人(2000)の尺度モデルを参考にした。その結果、韓日療養保護士の職務ストレス(要因、反応、対処)を5点尺度で集計すると、平均2.4点から3.6点まであることが明らかになった。韓日療養保護士の職務ストレス要因については「役割の不明確さ、能力不足、心理的負担」は日本の方が高くなる傾向が見られた。職務ストレス反応では「循環系の異常、悔しさ」が韓国の方が高く示された。しかし、「疲れ感」は日本の方が高く分析された。職務ストレスの対処方法では「相談、 休み、 放棄、 研修会への参加」が韓国の方が高く、「気分転換を促す」対処方法は日本の方が高く分析された。韓日療養保護士の職務ストレスに及ぶ影響は、韓国は勤務時間が長いほど職務ストレス反応は高く現れた。このような分析によって、韓国の療養保護士が働きやすい職場環境をつくるための取り組みとしては、療養保護士制度の労働環境および敎育の改善が必要であることが明らかになった。また、職務ストレスに対する要因と反応と対処について、深層的観点からの考察が不可欠であり、職務ストレスに対する否定的側面から肯定的側面への意識の転換が必要と考えられる。
  • 14.

    일본정부의 대일평화조약에서 ‘죽도’영토 확립의 억측 주장 -대일평화조약 직후의 일본의회속기록을 중심으로-

    Choi Jang-Keun | 2012, (53) | pp.261~277 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
     對日平和條約には獨島問題と關聯して日本領土から分離された地域は「濟州道、巨門島、鬱陵島」と規定されている。當時韓國は1945年解放とともにSCAPIN677號とマッカーサーラインによって獨島で韓國漁業が行われるなど独島の實效的占有がなされていた狀況であった。ところが、對日平和條約には獨島の地位について言及されていなかった。韓國政府はこのような曖昧な規定を惡用した日本の獨島侵略防御や韓國海岸の魚族資源保護のために平和線を宣言した。平和線宣言後、日本國會においてはこのような狀況をめぐって日本政府が積極的に對應しなかったと野党専門委員から非難された。それに答えて、日本政府は日本領土として最善を尽くして對應措置をとっていると野党專門委員の非難に對應した。 日本政府は日本領土から除外された「濟州道、巨門島、鬱陵島」以外の島はすべて日本領土であるとして平和條約で‘竹島’が日本領土として決定されたと主張した。一方、韓國は獨島を實效的に支配している狀況の中で歷史的根源に基づいて獨島が鬱陵島の屬島であるとして韓國領土だと主張した。そのような状況のなかで韓國政府は實效的支配狀況を保持するために平和線を宣言して獨島周辺への日本人の出入りを禁じて領土主權を固守した。獨島が平和條約で日本領土として決定されたならば、連合国は韓國の平和線宣言を不法的なものと斷定して除去が余儀なくされたはずである。アメリカ側は韓國の平和線措置に關與しなかったのだ。このような状況を見ても、連合国は平和條約で独島を日本領土として認めていなかったことが明らかである。すなわち現在の獨島問題は平和条約で韓國が支配していた狀況で當事者間に解決するものにしたと解釋するのが妥当であろう。