Korean | English

pISSN : 1226-3605 / eISSN : 2733-8908

2020 KCI Impact Factor : 0.27
Home > Explore Content > All Issues > Article List

2012, Vol., No.54

  • 1.

    副詞「あらかじめ」と「前もって」の意味・用法

    김영아 | 2012, (54) | pp.05~18 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
     本論は、日本語の時間副詞のうち、〈現在に対する以前の継続〉を表すもののうち、「あらかじめ」と「前もって」について実例に基づきながら、その意味・用法を考察した。その共通点をみると、「あらかじめ」と「前もって」は、「シテアル」・「シテオク」という文末表現と共起して、事前に意志的になされた行為、あるいは、その行為の結果として成立した事態が、発話時現在まで持続していることを表す。 相違点をみると、「前もって」は、「あらかじめ」と比較して、ほぼ同義であるが、「あらかじめ」は相対的にやや改まった丁重な文体に用いられ、「前もって」はややくだけた気楽なところで用いられるという文体的な差が見られる。両語はある事態を予定・想定して、その事態の発生より前に意志的に行われる行為を表すのだが、「前もって」は、「あらかじめ」と比較すると、意図的に対処・用意しておくという意味合いは弱い。また、「前もって」は「あらかじめ」の場合よりもゆるやかな関係の行為にも広く用いられる。
  • 2.

    『沙石集』의 敬語硏究 -「侍り」의 待遇性-

    Do, Ki-Jeong | 2012, (54) | pp.19~34 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
    『沙石集』には、中世鎌倉の資料にも関わらず、「侍り」が依然として多用されており、語法上の一つの特徴をもっている。まず、地の文では、作者自身の考えや感想などを読者にアピールしている序文や述懐文、また、採録した説話をまるで作者が経験した話のように記述する部分に「侍り」が使用されている。そのほか、「侍り」は、和歌を作った動機と時期、場所などを表す部分や佛法の教え、人間としての道理を表明している部分に多く使われている。つまり、作者自身の経験、感想を慎み深く述べるために用いられた「侍り」と判断される。会話文においては「侍り」が162例使われている。主に、高僧(29%)や出家者(23.5%)、庶民(24.7%)の層を聞き手とし、全体の使用量の77.2%を占めている。「侍り」が(I)(II)階層の高い身分に4例使われているが、これは「侍り」が聞き手に敬意を表すのではなく、文におけるある種の効果を得るためのものと考えられる。そのほか、外国の物語や神や動物のような非現実的な対象との対話にも「侍り」が用いられている。以上、『沙石集』は仏教説話集という設定で、僧侶や出家者の話が集中しており、これらの対象にふさわしい「侍り」の表現を通じて文章においてある一定の効果(古めかしさ、改まり、反論、进言、非現実性、など)を得るための作者の意図的な表現で非当代语の「侍り」が多用されたと考えられる。
  • 3.

    韓国の大学における日本語非母語話者を招いたビジターセッションの意義 - 第三者言語接触場面の観点から -

    松浦恵子 | 2012, (54) | pp.35~50 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    近年、日本語学習者の増加や日本における外国人の増加にともない、日本国内では日本語非母語話者同士のコミュニケーションも増えていることが予想される。日本語非母語話者同士がお互いの母語がわからない場合、意思疏通の手段は日本語になることが考えられる。一方、韓国国内の大学では、日本語母語話者を招いたビジターセッションや、日本語母語話者へのインタビューなどを利用したプロジェクトワークも実施されてはいるものの、依然として四技能の習得および運用に重点が置かれている場合が多々ある。本稿では、日本語は、日本語母語話者とのみ使うものではなく日本語非母語話者同士のコミュニケーションの手段となりうることを体験させるべく、日本語非母語話者を授業に招いたビジターセッションを実施した。招かれたのは釜山に滞在する留学生や主婦であった。ビジターセッション後の振り返りから、韓国語母語話者は、相手の国に対するイメージが変わり、新鮮な気持で日本語学習のさらなる動機付けを見つけ、そして日本以外の国へと興味を広げていた。一方でビジターとなった側は、すでに韓国という外国にいて韓国語非母語話者同士の会話を日々体験しているせいか、新鮮味はなく純粋に交流を楽しみ、非母語話者同士のコミュニケーションを冷静に捕らえ、韓国語母語話者の様子を観察していた。このような結果から、コミュニケーションの手段としての日本語を体験してみる試みは、韓国語母語話者の学習者に幅広い影響を与えたと言える。
  • 4.

    漢字圏学習者の文法テストと読解テスト得点の非対称性の検証 - 読解問題の検証を通して -

    斉藤信浩 | 菊池富美子 | 山田明子 | 2012, (54) | pp.51~64 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    日本語学習者はその母語の漢字能力によって、漢字圏学習者、準漢字圏学習者、非漢字圏学習者の3種に大別される。このうち、漢字圏学習者は、他の非漢字圏学習者に比べて、その日本語の実力以上に有利に読解を進めているのではないかという予測が立てられる。この検証のために、日本国内で日本語を学習する193名の被験者に対して、文法テスト(N=60)、聴解テスト(N=18)、読解テスト(N=38)の3種のテストを与え、その得点の比較から、読解における諸問題を考察した。文法テストの得点を漢字圏、準漢字圏、非漢字圏の別に標準偏差±1の範囲で下位群、中位群、上位群に分け、各群の文法テストと聴解テストと読解テストの得点差を一元配置の分散分析で検証した。その結果、文法テストの得点に対して、聴解テストの得点は等しく、漢字圏、準漢字圏、非漢字圏の間に差はなかったが、読解テストにおいてはその得点が漢字圏の学習者のみが、非漢字圏に比べて有意に高いという現象が観察された。この結果を受けて、非漢字圏と漢字圏の学習者の読解テスト38問の各問題の得点をt検定によって比較し、差がみられた問題の項目分析を行った。その結果、多肢選択式の読解テストで、漢字語彙をキーワードにしたコロケーションによって局所的なレベルで解決されるようなタイプの設問や、設問に当たるテキストの部分的な箇所の理解さえあれば解答できる問題で有意に得点が高くなっており、漢字圏学習者が漢字語彙を手がかりに語彙レベルで読解問題の答えを導いている可能性があるということが示唆された。
  • 5.

    日本語と韓国語の複合動詞の相違点 - 塚本(2009)の相違点の批判的な検討 -

    LEE CHUNG KYU | 2012, (54) | pp.65~82 | number of Cited : 6
    Abstract PDF
     本稿では、塚本(2009)が指摘した日韓語の複合動詞の相違点について批判的な立場から検討し、結果的には塚本(2009)の相違点とは異なる相違点を新たに指摘した。その相違点とは次の五点である。  ①日韓語の複合動詞を網羅的に扱うために、V1の形式を「動詞語幹」という概念を適    用して分析した場合、日本語の子音語幹動詞がV1に立つ時だけ登場する「-    i」という特別な母音がある。 ②複合動詞の形成に介在する要素が数の違いを見せる。 ③日本語の複合動詞は、形態構造上、主に「介在要素無しタイプ」の形で形成され    るのに対して、韓国語の複合動詞は、形態構造上、主に「介在要素有りタイプ」の    形で形成され、数という面で分布上における相違が見られる。 ④対義語同士の結合が韓国語では「V+V」型の複合動詞として実現されるのに対し    て、日本語では「N+N」型の複合名詞として実現される。 ⑤日本語の「を」は複合動詞の境界部を分離することができないのに対して、それに対応    する韓国語の「을(를)」は複合動詞の境界部を分離することが可能な場合がある。  塚本(2009)の相違点と本稿の相違点を併せて参考にすれば、日韓語の複合動詞についての理解をより深めることができると思われる。
  • 6.

    類義語「急に」「突然」の違いについて -『現代日本語書き言葉均衡コーパス』と新聞コーパスを資料として -

    조은영 | 2012, (54) | pp.83~100 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    本稿では、類義語「急に」「突然」の違いを明らかにするために、新聞データと『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を用いて、新たな分析方法で両副詞を検討した。検討の際に、趙(2012)の『毎日新聞』データにおける「急に」「突然」の出現傾向の結果と比較し、また、年度別の出現傾向について検討した。検討は、①『毎日新聞』における「急に」「突然」の年度別の出現傾向とBCCWJにおける「急に」「突然」の出現傾向、②「急に」「突然」の違いについてである。検討の結果、以下のようなことが明らかになった。 ①『毎日新聞』における「急に」「突然」の年度別の出現傾向に大きな差は見られず、「急に」より「突然」の方が約3倍高く出現し、BCCWJの2001年から5年間を集めた『新聞』データにおいても「急に」より「突然」の方が約4倍高い。また、BCCWJの『書籍』『雑誌』における「急に」「突然」の出現傾向は、新聞データでの3,4倍の差まではないものの、「突然」の方が「急に」よりやや出現が多い。しかし、BCCWJの『国会会議録』においては、『毎日新聞』『書籍』と違って「突然」より「急に」の方がやや高く、『毎日新聞』『書籍』における「地の文」「会話文」の出現傾向は「急に」が「突然」より高いことから、話し言葉においては、「急に」が「突然」より多く現れることが推測される。『毎日新聞』『書籍』における「急に」「突然」と共起する動詞の高頻度の動詞は共通のものが多い。 ②「急に」「突然」と共通する動詞の特徴語において、「急に」より「突然」の方がより抽象的で広範囲に使われる。それぞれの特徴語からは、「急に」は、人の感情、人の状態の変化、自然の気温・温度の変化など、事態の成立までの変化を経たという過程性、連続性が見られる。一方、「突然」は、対象に影響を及ぼす行為、物事の聴覚的な変化、物事の消滅、空間的な移動に現れる。
  • 7.

    中国における日本語専攻学習者の第二言語不安 - 演劇的活動による不安変化を焦点として -

    야오야오 | 2012, (54) | pp.101~120 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本研究は、中国の大学における日本語を専攻とする学習者を対象に、演劇的活動を通して抱く第二言語不安の変化を調査したものである。 Horwitzet al. (1986)は、外国語学習において「不安」は口頭コミュニケーション能力の習得を阻害し、それは特に教室活動における外国語学習に特有な「外国語不安」であるとする。更に日本語教育の分野では、元田(2000)が第二言語としての日本語環境を外国語としてのそれと区別して捉え、前者における言語不安を「第二言語不安」と呼んだ。元田はそれを、「第二言語の学習や使用、習得に特定的に関わる不安や心配と、それによって引き起こされる緊張や焦り(元田2000: 34)」と位置づけている。これまでの多くの実証的研究により、不安が言語習得や学習の継続に負の影響を与えることが明らかにされているが、具体的な第二言語不安の変化を測定する研究は限られている。そこで本研究では、演劇的活動を通して学習者の不安変化に焦点を当て、演劇的活動が第二言語不安の緩和に効果があるのかを明らかにすることを目的とする。調査では、まず中国にある大学の日本語専攻に在籍する学習者27名(3年生)を実験群13名と統制群14名に分けて事前質問紙調査(教室内不安調査と教室外不安調査)を行った。次に実験群13名の学生を対象として、ドラマ再現演劇の活動を行った。活動で使用したのは2000年TBSで制作された『Beautiful Life 〜ふたりでいた日々〜(ビューティフルライフ)』である。13名の被験者を4グループに分け、4つのシーンを再現される練習をさせた。活動の時間は10回×2時間であった。最後は実験群と統制群と合わせて27名の学習者に事前質問紙と同じアンケート調査を行った。質問紙は教室内不安調査(23項目)と教室外不安(18項目)から構成している。分析はt検定を用いた。調査の結果、以下のことが明らかになった。演劇的活動に参加した学習者は統制群の学習者と比べ、教室内不安数値と教室外不安数値が両方とも有意に減少することがわかった。不安が緩和した理由として考えられるのは、リラックスできる環境づくりによる不安緩和、目標言語との接触度、量、頻度の増加による不安緩和、グループダイナミックス(集団力学)の力による不安緩和。以上の調査から、演劇的活動の有効性が数値で証明できたと言えよう。しかしながら、それ以外の演劇的手法、例えば、ロールプレイ、インプロ(即興演劇)でも同じ効果が得られるのかについては検証できていない。これらの検証も含め、今後は引き続き、演劇的活動を利用する教育実践について、研究を進めていきたい。
  • 8.

    일본고전시가 속에 나타난 「바람」의 이미지

    Nam, Yi-Sug | 2012, (54) | pp.121~144 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本稿では、日本の私撰歌である『萬葉集』と八代敕撰集を中心に古代日本人たちは‘風’という自然をどのように眺め、受け入れただろうかについて考察してみた。雪·雨·風に降水量が豊富で、四季折々の変化が多様でひらがなの開発に多くの文学的遺産を持っている国であるだけ歌数も膨大で代表性のある歌を中心にして論を展開した。その結果をまとめてみると、次のとおりである。· 靈力を持つ存在で、意外な幸運をもたらし、人間以上の威力を発揮する存在· 物事の 豫兆,先驅け,季節の變化を知らせる存在· 遠く 離れている所や障害物をものともせず自在に行き交う使い者としての存在· 秋風の場合,甘いロマンスの橋渡しとしての役割をする場合もあるが,<飽き>が 重ねられ,男女の不和,心變りを意味する場合もある日本の古代歌人達は、多彩な自然環境の中で自然に融和し、自然を理解して眺める方式を現代を生きる我々よりも豊かに培っていたことがよく分かる。目の前に広がる風景を加工せずに素朴に表現した和歌もあるかと思えば、人間の心を自然現象の妙味になぞらえ表現した素的な和歌も多くて、昔の人たちの自然への愛着がいかに強かったのかよく窺える。これら和歌の中には国を超えて共感を呼ぶ歌も多い。表現面に注目するならば、中国漢詩に刺激され習合した形で詠まれた歌もあるが、日本的に変容され独自の表現を獲得した和歌もかなりある。本考では、詳しく説明することができなかったが、それについては今後の課題としたい。
  • 9.

    ごっこをめぐるエロティシズムの形象化 - 谷崎の「少年」「春琴抄」を読む -

    Gil, Mi-Hyun | 2012, (54) | pp.145~160 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    本稿では、「少年」」(「スバル」1911・6)と「春琴抄」(「中央公論」1933・6)に現れているごっこを中心に論じてみた。ごっこに対する作品はいろいろあるが、谷崎が子供を素材にしたのは興味深い。「少年」」では子供たちの遊びを素材にしているが、これは何よりも快楽という感性を描写しようとしたからである。信一、仙吉、「私」少年たちは、泥ごっこや狼ごっこや狐ごっこをしていままで感じたこともない、経験したこともない快楽を感じるようになる。信一は学校では弱虫であるが、家では強者になり、仙吉と「私」を虐めるのである。ごっこに信一の姉である光子が参加することによって、「快楽」の世界を呼び起こし、それは変態へと転換される。少年たちは光子を虐めるサディズムの世界が極致に至る。ところが、日本間で始まった遊戯が西洋館の洋間に移ってからは、女性の方が強者になり、少年たちを征服していく快楽の構造が変わっていく。谷崎は 昭和作品の「春琴抄」(「中央公論」1933・6)では大人の世界のごっこを通したエロティックな美の形象化を求めている。佐助と春琴は最初から主従関係であり、それからは師弟関係にもなる。もともと強者であった春琴は「学校ごっこ」を通じてますます驕慢や虐待がひどくなる。佐助は春琴に虐められてもそれを寧ろ嬉しく考えているマゾヒストである。ある日、春琴は熱湯を頭にかけられ顔の火傷を負われるのであるが、佐助は美貌の春琴を「観念の春琴」にしようとする願望で、針でみずから目を突く。そのような行動は主従関係や「学校ごっこ」によるマゾヒズムの発露であり、災いが美に逆転するマゾヒズムの勝利である。したがって、谷崎はごっこを通して、主従関係の確立はもちろん、マゾヒズム・サディズムと快楽の世界、強者の出現を促進している。
  • 10.

    모리 레이코의 『삼채의 여자』론 - 조선 여인 오타 줄리아를 중심으로 -

    Hyunok Park | 2012, (54) | pp.161~176 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    本稿では、森礼子の『三彩の女』において朝鮮女人であるおたあ‧ジュリアのモチーフが日本の現代の文学の中でどのように形象化されているのかについて考察した。作品の分析は、おたあ‧ジュリアの生涯を中心に三つの視点から試みた。第一番目は、秀蘭(=おたあ‧ジュリア)の視線を通して壬辰倭亂の時、日本へ連れられた陶工たちの行き方を、二番目は、秀蘭が日本へ連れられてからキリシタンになって行く過程について焦点を合わせてみた。三番目は、秀蘭(=おたあ‧ジュリア)がキリシタンになってからの姿について「銀粧刀」のキーワードを通して考察した。『三彩の女』は、壬辰倭亂の歴史的な背景を基づいて、おたあ‧ジュリアのモチーフを通して、その当時、日本へ連れられた陶工たちの生を浮彫りにしているし、彼らが共同体を形成して生きていた波佐見村を紹介しているところに大きな意味のある作品と言えるのである。なぜなら、波佐見村は、韓国だけではなく、日本でもあまり知られてなかったのですが、この作品を通して朝鮮の陶工たちをはじめ、その地域を知らせるきっかけになったからである。 そして、おたあ‧ジュリアの信仰の形成過程は、日本から出会った切支丹であるマリアをはじめ、様々な人物の関係を通して彼女の波乱万丈な人生が描かれている。それに、このようなおたあ‧ジュリアの姿は、日本の切支丹であるマリアと宗義智と日本の歴史から抹殺された小西行長の人生も浮彫りにする役割も果たしている。『三彩の女』に描かれたおたあ‧ジュリアは、激変する時代の流れの中で、いかなる試練にも屈服しないの朝鮮女人のイメージとして表れている。このような、朝鮮女人の表象は、母の「銀粧刀」を通して、キリシタンとしての節義が強調されている。 『三彩の女』は、おたあ‧ジュリアのモチーフを中心にし、彼女の人生だけではなく、文禄·慶長の役の時、日本へ連れられた陶工の人生をはじめ、日本切支丹の人生まで、様々の視点から照らし合わせているので、韓·日の両国においても意義の作品であると考えられる。
  • 11.

    帰化する女優⋅李礼仙 - 唐十郎『新⋅二都物語』論 -

    Lim, Sang-Min | 2012, (54) | pp.177~196 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    唐十郎の『新⋅二都物語』が書かれ上演された1980年前後は、日本では国際人権規約と難民条約に加盟すると同時に在日コリアンをはじめ、日本に在留する外国人の処遇が少しずつ改善されていく時期である。しかし、それと同時に、在日コリアン内部では「第三の道」論争が典型的なように、1980年を前後にして在日2⋅3世が「八〇%」を占めることになり、その生き方をめぐって激しい議論が展開されていた時期でもあった。 李礼仙は1975年に日本に帰化している。しかし、帰化はしているものの自分は日本にもそして韓国にも違和感を感じており、帰属感を持たないと語る。そう考えれば、李礼仙は日韓に引き裂かれた主体であると同時に、同時代の「第三の道」論争の中でもどこにも属さない引き裂かれた主体だった。そして、こうした李礼仙のために書かれ上演されたのが『新⋅二都物語』である。 戯曲の中のリーラン(李礼仙)は自分の「身元」を保証してもらうために「日本名」(いわゆる帰化)を手に入れようとする。そして、その時、「身元」を保証してくれる日本人として召還されたのは他でもなく戦前は「作戦の神様」と呼ばれ、戦後はラオスで行方不明となった辻政信だった。しかし、戯曲はリーランが辻政信から日本名が記入されている「国民健康保険」を取上げた瞬間、急転回を見せる。つまり、それまでに戯曲の中で肯定的に描かれてきた辻政信を反転するかの如く、「身元」を保証してくれるはずの国民健康保険をいとも簡単に他人に売ってしまったのである。こうしたリーランの反転を同時代の在日コリアンをめぐるさまざまな社会保障の文脈から考えてみれば、国際人権規約と難民条約に加盟するなど、表面的には日本人と同等な社会保障を認めるかのような構えを取りながら、運用上では在日コリアンを排除していく戦後日本の暴力的な在り方を逆説的に表現したとも言えるのである。そして、帰化することによりアイデンティティが変容されないことを逆説的に描くことによって、戦後日本の植民地時代の責任問題と国籍を基準に排除させていく在日コリアンをめぐるさまざまな社会保障のカラクリを切開してみせたのである。
  • 12.

    일본의 독도무주지 선점에 관한 고찰

    곽진오 | 2012, (54) | pp.197~216 | number of Cited : 5
    Abstract PDF
    This paper analyzes the oringins of Japan's claim over Dokdo based on the theory of acquired terra nullius and theory of inherent territory, and analyzes why the claim is problematic. Furthermore, this paper points out the controversy of Japan's later claim based on inherrent territory, after it faced limits regarding the former claim of acquired terra nullius. Japan's claim over Dokdo based on the theory of acquired terra nullius originated during the Russo-Japanese War when Japan secretly seized Dokdo after realizing that it was a strategically important place. After facing limitations of its claim based on theory of acquired terra nullius, Japan later referred to the theory of inherent territory, which was merely a rhetoric claim which closely resembled Korea's claim over Dokdo. Therefore, this paper points out that Japan's claim over Dokdo by mixing two theories of acquired terra nullius and inherent territory is inconsistent.
  • 13.

    『季刊三千里』と韓国民主化 - 日本人に知らさせる -

    박정의 | 2012, (54) | pp.217~238 | number of Cited : 5
    Abstract PDF
    南北の独裁政権に反する立場から、日本のマスコミに韓国の民主化闘争があまり報道されていなかった時、『季刊三千里』は韓国民主化闘争との連帯を語り、韓国民主化闘争を日本人に知らせ、語らせ、考えさせた。この韓国民主化闘争への功績は高く評価されるべきである。 「金芝河を助ける会」「金大中救出日本連絡会議」を単に金芝河・金大中個人の問題としてではなく、韓国民主化運動全般の問題として捉え、日本人をして韓国民主化運動との連帯の重要性必要性を訴えさせ、さらに韓国民主化闘争の意義そしてそれが目指す意味を日本人に知らしめた。 さらに、韓国民主化運動を日本人自身の問題として捉えさせ、日本の責任をも追求した。韓半島の分断は日本による植民地化から起因しているにも関わらず、無関心でいたというより、韓半島の分断化の固定化に日本が役割果たしてきたという反省から来るもので、その矛先は韓国政府ではなく、日本政府にひいては自分自身に向けられたものであることを説いた。これは、韓国民衆と日本民衆との真の親善連帯を目指すものでもあった。
  • 14.

    현대 도시축제의 참여의식에 대한 일고찰 - 히로사키요사코이쓰가루(弘前よさこい津軽)를 중심으로 -

    Lee, Deok-Ku | 2012, (54) | pp.239~260 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    日本の祭りは日本社会の性格の変化と共に、各時代の要求に有效に活用されて来たと言える。宗教の儀式としての伝統祭りは、戦後になって、観光及び商業振興を目的とするイベントとして変化しつつある。 従って、祭りに参加する人々の意識の面においても、五穀豊穰と無病息災を祈る宗教行事としての共同体意識から、環境運動、女性運動、生協運動、ボランティア運動と共に自分の都市や地域を活かす地域運動、ひいては自己実現などと言った市民意識までの多様な形に変化が現われている。弘前市のよさこい津軽は衰退した都心を活性化しようとする計画の一環として、2000年から始まった都心の商人連合会が行うイベントである。よさこい津軽に踊り子として参加する人々の主な意識は「楽しさ」「幸せ」「テンション」などとに集約することができた。踊り子はよさこいを通して無我地境の自己実現を味わっていると言える。即ち、観客と踊り子が一緒になって一時的に幸福感を感じるのである。だけでなく、踊り子はよさこい津軽を通して幅広い人間関係を形成することにも大きな意味を与えている。また、それを期待している。 したがって、現代の祭り(よさこい)は、祭り本来の意味を乗り越えて、急激な都会化と高度に情報化された社会を生きて行く現代人が、精神的な不安感や、孤独感、疎外感などから抜け出して、新しい人間関係を構築し、人間愛を分かち合おうとする「社会運動」的な性格も帯びているとも言えよう。
  • 15.

    한국문화의 전파매개자로서 코리아타운 연구

    임영언 | 임온규 | 2012, (54) | pp.261~280 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    The aim of this study was to investigate the role Korean Town played in spreading Korean Culture as Hallyu Culture hub or mediator of Korean Culture. In order to find the mediator role of the Korean Town, this study conducted a survey on the Japanese who visited Shin-Okubo Korean Town. The result of the analysis is as follow. First, the result showed that there was great change in Korean language learning for Japanese who had been to the Korean Town. Through the Hallyu Culture, Japanese began to concern Korean language learning more, the Japanese people who knew Korean language became more and the proficiency of Korean language was also improved. Second, under the effect of Hallyu Culture of Korean Town, Koreans made more Japanese acquaintances in Japan and Korea. According to the survey, the acquaintances of Japan were mainly friends, families, relatives, and fellow workers, but the acquaintances of Korea were fellow workers, friends, families and relatives in the order of people’s number. Third, by the influence of Hallyu culture, more and more the Japanese who had been to Korean Town moved to the residences of Japanese Koreans. Fourth, Japanese showed more interest on the Korea with the effect of the Hallyu culture of Korean Town. It was seemed that the time for Japanese visiting Korea became longer, and the number of times that Japanese visited Korea increased. This study revealed that Korean Town played an important role in spreading Hallyu Culture. In addition, Korean Town functioned as a Hallyu Culture Hub spreading Hallyu Culture to the Japanese and as a mark of Korean culture. In this situation, the status of Korean Town was strengthened.