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pISSN : 1229-6309

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2011, Vol., No.31

  • 1.

    A Study on Japanese translation of 'VN doeda'

    木口政樹 | 2011, (31) | pp.7~27 | number of Cited : 0
    Abstract
    韓国語「VN되다」を日本語に翻訳する場合の問題に関する一考察である。多くの研究がなされているにもかかわらず韓国語の「VN되다」を日本語に翻訳する場合、誤訳が多い。韓国人日本語学習者において、一般に「되다」の受動性というイメージに引きずられて「VN되다」を「VNサレル」と機械的に翻訳してしまうためである。本稿では対照言語学的な観点から、より具体的なアプローチで解決を図ろうと試みた。グループⅠでの自動詞は「되다」形がないので考察の対象から外し、グループⅠの他動詞は「VN되다」が「VNサレル」となることを述べた。グループⅡでは、漢語動名詞が「하다」との結合がなく全て「되다」とのみ結合するものである。この類は 「VN되다」が「VNサレル」となる。グループⅢは、日本語の立場から自動詞、他動詞、自他両用動詞と3つの場合に分ける必要があることを述べ、自動詞の場合は「VN되다」が「VNスル」となり、他動詞の場合は「VN되다」が「VNサレル」となることを示した。自他両用動詞の場合「VN되다」が「VNサレル」とも「VNスル」ともできる類がある反面、「VN되다」を「VNスル」とのみすべき類があることを述べた。グループⅠは問題となるケースがほとんどないのでランダムに数個の動詞を具体例としてあげておいた。グループⅡは5個だけなのですべて例をあげた。グループⅢは、もっとも複雑であるため400個弱の全てのケースについて李(2002)の表をもとに具体例をすべてあげた。韓国語から日本語への翻訳に際しては、この部分が大きな参考となるものと期待する。
  • 2.

    A Japanese learner’s means to grasp Japanese words of Chinese origin - to compare a Chinese and a Korean -

    Tanaka Setsuko | 2011, (31) | pp.28~48 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿は、東アジアの漢字文化圏と言われる中国、韓国の日本語学習者が母語の漢語の知識を日本語の漢語の聞き取りにおいて活用しているかどうかを調査したものである。中国はもとより、日本でも朝鮮半島でも伝統的な表記の手段として漢字が使用されてきた。中国の言葉であった漢語が導入され、現在でも日本でも韓国でも語彙の半数を占めている。時代が変化し、中国では中国語自体が変化し、漢語の言い方も変わってしまった。もともと音韻体系も文法も中国語とは異なる日本では漢語の使い方も言い方も日本化、土着化していった。日本と同じく音韻体系も文法も中国語とは異なる韓国では、さらに現在、漢字自体の使用が減り、漢語を漢字との関係で意識されないような状態に立ち至っている。中国人日本語学習者10人と韓国人日本語学習者10人を対象にした調査の結果、中国人日本語学習者は日本語とほとんど意味が同じ同形同義語は聞き取って漢字が書ける。そしてそのことで意味の理解に達していることがわかる。同じく中国には存在しない日本で作られた漢語である、和製漢語においても聞き取って漢字が書ける。しかし、認知する過程では、同形同義語では日本語能力の低い学習者ほど母語の漢語の力を借りて認知している。和製漢語では母語の力を借りるより、文脈の力を借りるようになる。全体的に母国の漢語の助けよりも日本語あるいは文脈で意味理解に達している。韓国人日本語学習者は中国人日本語学習者ほどではないが、同形同義語の意味理解の方法として母語の漢語の力を借りている。ほとんどは日本語あるいはそれを補う文脈で意味理解に達している。しかし、韓国人日本語学習者の特徴は聴解能力の高さと意味理解の高さに対して、漢字を書く能力が著しく劣っていることである。母国での漢字教育の負の面が表れている。こうした調査結果から、漢語の活用のためには、中国では同形同義語といった日本語の漢語との識別を初級の段階で学習する必要があり、韓国ではハングル表記で書かれている漢語を漢字表記で学習し直す必要があるだろう。
  • 3.

    Language management of the private level in the communication of Three East Asian Countries; Korea, China and Japan

    박양순 | 2011, (31) | pp.49~67 | number of Cited : 5
    Abstract PDF
    本稿では、日本語․韓国語․中国語による言語行動の際の個人言語管理に注目し、母語場面と接触場面においてそれぞれどのよう言語管理が行われるのか明らかにすることを研究目的とする。そのため、大学生が指導教員に依頼および個人情報を聞く場面を想定し、インタービュー調査を行い日韓中の3国で母語話者と非母語話者の93名のデータを収集した。分析では、言語行動を把握するための[丁寧][具体的][論理的][配慮][目的志向]の5つのマーカーに焦点を当ててその出現頻度を比較した。その結果、日韓中の3国の母語話者の言語管理と非母語話者の言語管理はそれぞれ差が見られた。マーカーの出現頻度では、中国調査での母語話者と非母語話者との差が大きかったが、韓国と日本の調査ではそれほどの差は見られなかった。さらに、日韓中の3国の母語話者は、依頼の場面の前後より、依頼を言語化する場面でマーカーが多く見られたが、日本語による言語行動の際は、母語話者と非母語話者ともに教員の年齢、収入などの個人情報を聞く場面でもっともマーカーが多く出現していた。言語行動のマーカー別にみると、母語話者の場合、[配慮]と[具体的]な発言を重んじる言語管理を見せたが、非母語話者は韓国語による言語行動では[丁寧]を重んじる傾向が、日本語による言語行動では[配慮]を重んじる傾向が見られた。しかし、非母語話者の中国語による言語行動では母語話者の言語管理とも<自分の言語>とも異り、これらのマーカーの出現が乏しいことから、中国語での言語行動に適切な言語管理が行われていないという印象が強い。また、韓国語による言語行動では母語話者の言語管理のパターンを明確にするに不十分な結果であったが、これは韓国人の率直に自分の意見を言い、相手に親しさを感じさせる言語管理のパターンを把握するマーカーが含まれていないことが原因だと思われる。これは今後の課題にしたい。
  • 4.

    Usage Of Single Phrase Adjective Predicative Construction

    박해환 | 2011, (31) | pp.68~92 | number of Cited : 1
    Abstract
    本稿は日本語の形容詞述語文の用法について文型の名詞句の項目の数の観点から分析することを目的とする。具体的には日本語の形容詞述語文に見られる1項目文の用法について27の下位意味項目と三つの上位意味グループの観点から分析と考察を行った。分析の結果として日本語の形容詞述語文における1項目文の用法の主要な特徴をまとめると次のようである。①日本語の形容詞述語文に使われる1項目文の文型は「N1は․が+形」と「N1を+形」と「N1に+形」の3種類であった。②1項目文の文型として最も一般的に使われるのは「N1は․が+形」文型であった。③「N1を+形」と「N1に+形」文型はごく一部の意味項目で使われる用法であった。④「N1は․が+形」文型を主要用法とする表現には本義的形容詞が多いこと、述語形容詞の属性が強いこと、述語の判断が断定的かつ全体的であることなどの特徴があった。⑤1項目文の文型は判断の内容の具体化や背景の追加などの方法で2項目文にすることが可能な場合が多かった。⑥論理的には2項目文を主要用法とする場合でも実際には1項目文で使われることが多かった。⑦転義的形容詞にはごく一部の意味項目を除くと1項目文を主要文型とする用法は見當たらなかった。⑧1項目文と2項目文の使用基準にはその傾向として形容詞の意味おける本義と転義との対立、形容詞の意味における属性の強さと程度性の高さの対立、文判断における全面的な断定性と具体的な描写性の対立などの特徴が働いていることが分かった。
  • 5.

    A study of translation from Korean word "Conflict" into Japanese - Particular focus on teaching methods in usage of word at graduate school of translation and interpretation -

    Banno Shinji | 2011, (31) | pp.93~113 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿は、韓国語「갈등」の日本語訳として、どのような表現がふさわしいのかを分析し、その使い分けの規則を導き出すことを目的としている。まず、読売新聞のデータベース『ヨミダス文書館』で「との葛藤」を検索して得られた用例を分析した結果、日本語の「葛藤」が用いられやすいのは、相反する二者の狭間での「ゆれ」が存在する場合だと考えられる。こうしたことから、本稿では「갈등」を日本語に翻訳する際に「葛藤」が適切な条件を以下のように考える。 ① 人や組織との葛藤:人や組織が互いに譲らない状況だが、単純に対立しているだけでなく、愛憎の関係、力を合わせるべき関係など、相反する二者の狭間での「ゆれ」がある場合。② 心の中の葛藤:心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれをとるか迷っている場合。あるいは、それに準ずる思想や考え方などの狭間での「ゆれ」がある場合。 また「갈등」の訳語として「葛藤」が不適切な場合は「対立」、「摩擦」、「確執」、「不協和音」、「あつれき」、「反目」、「いさかい」、「不和」などが訳語として考慮するに値する。それぞれの単語は、前接する対象によって、以下のような使い分けが一定の基準となる。しかし翻訳においては、日本での慣用的表現やコンテキストなどによって訳語のふさわしさが違ってくるため、一律に「갈등」の訳語を決められないという点を確認しておきたい。 ① 人(私的関係):葛藤、確執、いさかい、不和② 人(公的関係):対立、確執、あつれき、反目、不和③ 組織・団体:対立、摩擦(特に国際的な関係で)、不協和音、あつれき、反目④ 国:対立、摩擦⑤ 思考など心の中:葛藤
  • 6.

    A Consciousness Survey on Multi-Lingual Service

    양민호 | 2011, (31) | pp.114~131 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    従来の研究で韓国と日本の言語景観の現状はある程度把握できたと言える。しかし、両国で感じる多言語サービスに関わる意識については、いまだに分からない状況である。従って、本稿では多言語サービスに関する個人の意識を察し、実際の多言語の状況と比較し、得られた結果は次のようにまとめた。今後、世界的に影響を与える言語は、英語をはじめ、中国語、日本語、韓国語の順であると答えた。また、地震や台風による災害が発生した場合、少なくとも2カ国語(自国語・英語)以上で緊急放送案内を提供してほしいと答えた。駅などが自国語以外の言語に対応していると感じるかという質問に関しては、両国の7割以上が 「そう思う」と答えた。なお、駅などが自国語以外の言語に対応する必要はあるかという質問は多言語サービスの必要性を訴えた項目である。この質問に関しては非常に積極的に支持していることが分かった。最後に多言語サービスを優先的に取り入れている場所を尋ねた。その結果、国際性を帯びている「国際空港」で多言語サービスの優先順位が高く、相対的に流動の人口が少ない「官公庁」で多言語サービスの順位が低かった。今後、このような研究成果が政府や自治体で言語政策を立てる際に役に立つだろう。
  • 7.

    A case study into the uses and multiplicity of e・m-learnig with japanese language learners in korean and chinese Universities

    磯野英治 | 정성욱 | 임유희 | 2011, (31) | pp.132~144 | number of Cited : 1
    Abstract
    最近の日本語教育関係の学会では、教材としてのe・mラーニングの報告が数多くあり、日本語教育でも高等教育機関を中心にe・mラーニングが利用されてきているようである。しかしその教育方法や実践報告など事例研究に関しての報告はあるものの、e・mラーニングがどの程度利用されているのかといった調査は、これまでされてこなかった。このような現況から海外高等教育機関の「日本語教育担当者」にアンケートを行い、現実点での各機関の設備状況や学習者への利用状況を包括的に調査した藤本・小松・磯野・閔、王・西郡(2008)の報告がある。そして今回はこの関連調査として「日本語学習者」を対象に、韓国・中国の日本語学習者がどのような学習端末を利用して日本・日本語に接し、また学習しているのかといった利用状況とその内容を調査した。調査の結果、学習者は教科書のような紙媒体の教材だけではなく、日本文化や日本語の学習のためにパソコンを利用したeラーニング、また小型電子機器を利用したmラーニングを活用している傾向が高いことが明らかになった。本調査から日本語学習者が潜在的にe・mラーニングを利用可能なことが概観でき、またその学習内容にも多様性、そしてe・mラーニングとの関連性が現れた。
  • 8.

    Japanese in the Multilingual linguascape of Manchuria during the War

    張守祥 | 2011, (31) | pp.145~172 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿では言語景観の概念と研究意義について見解を述べ、また「満洲国」の歴史背景、言語景観の先行研究などを概観したうえで、当時の都市部の言語景観の文字種の使用状況、または各文字種にかかわる店舗階数、道路整備率、街灯設置率について量的考察を行った。主な内容をまとめると、以下のようになる。満洲国都市部の言語景観にある文字種は平等な存在ではなく、支配年数、民族構成、経済格差によって様々な差異を呈出している。日系人口のわりには、日本語によるものは多くの都市では遥かに中国語の方を凌いでいる。換言すると、在満日系人は都市部経済活動の中では支配的な地位だったとも言える。また文字種の使用率だけでなく、商業店舗の経済力を反映する(店舗家屋の階数、道路の整備状況、街灯の設置率)三項目からみても、現地中国人の商業活動はわりに不利な環境の下で行わざるをえなかったと考えられる。
  • 9.

    A Report about how to use of "the instructions expression" of the learners

    츠자키고이치 | 2011, (31) | pp.173~187 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿は、表現意図を表すための表現形式と場面・コミュニケーションの内容の当然性などとがどのように関わるかにつき、テレビドラマを資料として分析・考察し、それを機能アプローチを用いた教育にどのように応用するかという研究の一環である。本稿では、学習者が用いる「指示」の表現意図を表す表現形式を考察した。また、筆者らが以前に提起した「コミュニケーション機能に留意したテレビドラマを用いるシナリオ・ドラマ活動(CTSD)」を経験した学習者とそうでない学習者の使い分けも比較した。研究の方法は、「指示」の表現意図を表す典型表現「~シテクダサイ」系と非典型表現「~シテモライマス」系、「~シテモラエマセンカ」系がうまく使い分けられるか、学習者へ設問調査を行い、その結果を考察した。その結果、典型表現「~シテクダサイ」系を用いるべき状況では75%程の学習者が「~シテクダサイ」系を用いていたが、非典型表現である「~シテモライマス」系と「~シテモラエマスカ」系を用いるべき状況での正解率は50%前後に落ち込み、表現意図を表す非典型表現の使用に問題のあることがわかった。ただし、これらの非典型表現についても、「CTSD」を経験した学習者は経験していない学習者の2倍近い正解率を示しており、「CTSD」が状況に適切な表現を行うために有効であることがわかった。
  • 10.

    The study on 『HOUKAN』-Focused on theory of the text-

    KIM SANG WON | 2011, (31) | pp.188~204 | number of Cited : 0
    Abstract
    本論では、『幇間』をテクスト論的な方法で接近して考察してみた。ローランバルトのテクスト論が一番徹底に現れていると評価されている『S/Z』で提示する五つのコードを使って、連鎖的コードと非連鎖的コードの二つに分けて考察した。まず、連鎖的コードと関連しては、解釈的コードと行動的コードについて考えてみた。そして、話者の介入という問題も確認した。次に、非連鎖的コードと関連しては、象徴的コード、記号的コード、そして文化的コードについて考察した。同時に話者の介入のもんだいについても考えてみた。テキスト論の前提条件の<著者の死>は、作品で作者を追放させることから出発して、テクストに記録された文字記号を批評家や読者が読む行為で各自の体験の中で解釈されなければならないことである。そのためにはプロットと登場人物、そして登場人物らの間の対話内容や葛藤様相が最も重要な要素である。これが1人称時点の小説の場合には簡単に解決可能である。小説の中で登場する人物の行動や人物間の対話内容が、皆テクスト中で成り立っているからである。しかし全知的作家時点の場合にはそうではない。テクスト中で登場する人物の他に、もう一つの人物が存在しているからである。それはまさに話者である。読者とテクストの間に存在する話者は、あたかもテクストの真上で、そして読者の目の真下で登場人物を調整する人形遣いとも同じ中間者的位置であるためである。この話者は、主人公三平の幼い時期から今に至るまでのすべての事件を一つ一つ記憶していて、その事実をまた読者に聞かせる。そうであるといっても、この話者は三平の兄でも親戚も一生をこっそりと観察する人でもない。あたかも神のごとく登場人物とは別個の世に生きて、すべての事実を皆知っている存在である。本稿では、このような話者の介入を第4の非連鎖的コードと名付けた。
  • 11.

    A Study of the other world in A folktale of East-Asia

    Lee, Si-Jun | Kyung Nam Jang | 공상철 | 2011, (31) | pp.205~222 | number of Cited : 1
    Abstract
    地獄というのは「悪業を積んだ者が堕ち、種々の責苦を受ける地下世界」即ち地下の牛獄の意味である。この名称はもともと中國にあったものではなく、インド語で地獄のことを「ナラカ(naraka)」とか「ニラヤ(niraya)」というが、地獄という中國語はこれの譯語であり、「ナラカ」は「奈落」と音寫された。東アジアにおいて地獄関連説話を集中的に納めた最初の説話集は唐臨が編んだ 『冥報記』である。永徽年間(650~655)に成立したこの説話集は中国で散逸してしまったが、『日本國見在書目』 二十雜家傳に「冥報記十卷、唐唐臨撰」とあるように、早い時期に日本へ将来され、日本で地獄関連説話を集中的に納めている『日本国現報善悪霊異記』(823年頃成立)の地獄説話の成立に大きな影響を与えた。『霊異記』にみるすべての話型は『冥報記』の話型とほぼ同一であり、『冥報記』の地獄説話がパターン化し日本化したものであると判断される。一方、韓国の方は三国時代において、地獄説話が成立する前提となる因果応報説と業報輪廻説と関連する説話や文献、その他の資料から「三途」「三悪道」「六道」「六趣」の語が見受けられるが、本格的な地獄説話は高麗時代の『三国遺事』に収録された善律師の話が唯一である。本話はその話型と内容において『冥報記』などの説話を取り入れた『法苑珠林』やそれと似た中国説話集の影響があったろうと判断される。
  • 12.

  • 13.

    A study on 『MICHIKUSA』 of Natsume Sosek

    Chang Nam-Ho | 2011, (31) | pp.240~259 | number of Cited : 0
    Abstract
    1906年書かれた漱石の『草枕』は、美的世界を描く風流の文学という評価と社会や人間への抵抗という思想小説という見方がある。本稿では主要人物である画工と那美を中心として日常と非日常の観点から『草枕』を論じてみた。画工の旅の目的は世俗を超越して芸術理想を具現することであり、非人情の世界を味わうことである。非人情の達成が可能になったことは旅人という非日常の通過者としてのみ可能であった。もう一人那美は日常の生活者として非人情の世界を自ら作り出そうとする。画工も那美も非日常を空想するばかりではなく、実現化することを切望している。しかし生活者である那美には非人情はないのである。漱石のいう自然は非人情であるが、椿の場面では画工は時代の暗い影を物語っている。『草枕』には極端に表現することは避けているが文明批判が行われている。世紀末現象というミレーのオフェリアが作品の下敷きになっているのも無関係ではない。また久一の出征も、戦争に赴くものとそうでない者の間には、想像と現実の隔たりが存在するのである。非人情を求める画工の目的は、非人情の極みにある神境の絵の創作という具体性をおびる。往生し憂いも惑いも超越した姿を表す対象として、那美の表情の中でいまひとつたりない憐れをめぐって作品は締めくくるのである。狂人の家計という宿命の行く先には、あるいは画工と同類の不幸な感受性の行き着く先に、神に尤も近き人間の情である憐れを持ってくる必要があったのである。憐れは那美によせる画工の心情でもある。非人情の美学は人情なくして実現できないことであり、日常と非日常の相克に現れることである。またその美学は、主人公の観念の中でしか存在し得ないのである。
  • 14.

    Akutagawa of the fairy tale world and or the Buddhism world and enemy transfiguration -Ryunosuke Akutagawa『Spider's thread』 -

    정인문 | 2011, (31) | pp.260~277 | number of Cited : 0
    Abstract
    To this work in the view of the world and the space tube which is one indigenous is becoming background, is supported plot theme song is created or. Tries to arrange below, with afterwords is same. First of all one, the space tube structure in compliance with the spider's thread is the story world where the time and space of the anode which is a hell and a paradise are connected. Also one, the subject of this fairy tale is to a human being and the fact that is to force of the transcendence person (Buddha) who is a hitter knows, space hit burns is the thing in every point in freedom of the human being. When like this tries to investigate, this work the author Akutagawa and goes over the motive of characteristics and there is a possibility the fact that acquires a universality. The impression which is existence accomplishes the work escaped a fairy tale, or, writer the possibility the fact that the story world-wide eroticism which is unique sublimates the work there was with Akutagawa
  • 15.

    A comparative Study on the Kobayashi Issa and Kimsatgat

    하영미 | 2011, (31) | pp.278~297 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    一茶・金笠、二人とも諷刺詩の大家であるが、時代的・社会的状況や両者の個人的状況等が巧く溶け合い絶妙な諷刺詩が出来上がったとも言える。また個人的事情は異なるが、社会の不合理性に対抗する意識は両者とも非常に類似している。一茶の諷刺は表の肯定的な表現が裏面の諷刺性をより際立たせていると言える。反面、金笠の場合、即興的で飾り気のない直説的な諷刺性は漢字音とハングル音の同音や反復の修法によって明確に表れていると言えよう。小動物(微物)に対しても二人は一貫して特別な愛情と憐憫を示している。そのような温かさを以て向き合う小動物から一茶は故郷での思い出などを思い出したり、幼い頃の自分自身を発見したりした。また、同じく金笠の場合も農家でよく見かける家畜と旅先で出逢う微物(虱・蚤等)を素材とした詩を詠んでいる。また同音・同字の反復を重ねながらも少しも違和感なく宇宙の理致を鋭く表現した名詩になったのは金笠自身の優れた文筆力の結果であるとしか言いようがない。一茶に同音・同字による表面的な充実さとユーモアがあるとすれば、金笠の詩からは内面的な充実さと詩才による理知的なユーモアが伝わると言える。つまり、本文でもふれているように、一茶の諷刺は表の肯定的な表現が裏面の諷刺性をより際立たせている。一方金笠の場合、即興的で飾り気のない直説的な諷刺性は漢字音とハングル音の同音や反復の修法によって明確に表れている。
  • 16.

    In "Ghost story Botandoro" 'Possession' and change its meaning

    한성민 | 2011, (31) | pp.298~313 | number of Cited : 0
    Abstract
    "怪談牡丹灯籠"は1861年落語家の三遊亭円朝により創作された作品で、"剪燈新話"の「牡丹燈記」からの影響があるものの、作家の独創的な想像力が付け加えられ、新しく生まれ変われた作品である。初めは落語の為のものであったが、1884年(明治17年)には速記本で製作された。創作から刊行まで、その間には明治維新という大きい変革期があり、江戸幕府から明治新政府へ乗り移る政治的·社会的の変化が行われるようになった。「富国強兵」「文明開化」という目標の下で、社会に強力な改革政策が行われ、この雰囲気は芸術の全判的な活動にも影響が届かれた。欧米からの合理主義の精神が台頭され、怪奇·怪異という怪談の特徴は貶され、それを克服するための方向性の転換が必要になった。それで、"怪談牡丹灯籠"の「憑依」というものがどのように表現されていて、それが近代社会の形成というプロセスの中でどのように意味変化が行われているのかについて考察してみよう。"怪談牡丹灯籠"の憑依談はつぎのようである。伴蔵とお峰は元々仲よい夫婦であったが、生活が段々豊かになってから、伴蔵は贅沢な生活を願い、他の女に目をそらすと、お峰は伴蔵の過去の悪行を暴露すると脅かす。そうすると、伴蔵は自分の秘密を知っている雄一の人であるお峰を殺す。旦那に対する仇討ちに、「憑依」という方法をお峰は選ぶ。自分が暮した「家」という一番親しんでいる場所で、店で働いている店員の体を借りて、伴蔵の悪行を暴露する。このようなお峰の「憑依」事件で注目したいのは強い執着という部分である。普段、執着というものは強迫観念による場合が多いそうだ。女の人や家内として、本妻の位置を脅かされた危機感から自分のものを守ろうとする強迫観念が執着に繋がれ、「憑依」として表出されているのである。でも、逆に言えば、この全てが伴蔵の強迫観念のせいかもしれない。続いている殺人や悪行で不安と罪悪感が重なり、そこから生じた強迫観念により、お峰の魂が店員に憑依されていると考えるようになったろう。このような解釈のできるのは近代初期という時代的な変化とそれに応じた動きが反映された結果だと言える。明治維新の変革期を経て、知識人と文化人を中心に啓蒙運動が進められた。この過程の中で、「憑依」は「精神病」「脳病」という西洋の医学の立場から新しく意味付けされるようになった。伴蔵の強迫観念によった精神病であったかもしれない「憑依」現象は「家」という私的な空間に隔離され、空間の中に綴じ込まれた怪異は娯楽の趣向に変わる。則ち、過去の観念·信仰的だった恐怖が制限的で娯楽の趣向の恐怖に変化しつづいているのをわかる。
  • 17.

    The Image of ‘The Wind’ on the Works of Bashō

    Heo Kon | 2011, (31) | pp.314~332 | number of Cited : 0
    Abstract
    芭蕉は自分が自然の一部分であると思って暮してきたため、彼の作品の中には自然に関する描寫が主な素材として登場しているのが分かる。その中で特に'風'というのは実に様々な意味で描かれている。芭蕉にとって'風'というものは、一般的な意味においての'風'を超え、それ以上の深い意味が含まれている言えるのである。芭蕉は多数の号を使っているが、その中には'風羅坊'という號も含まれている。この言葉の中には、もともとこの言葉がもっている意味の“風に吹かれて破れやすい薄い布”というイメージと、自分が好んで用いていた芭蕉のイメージが重疊されており、そのイメージに愛着をもって使っていたのが分かる。そして“風狂”というイメージも彼の作品の中に頻繁に登場し、“俳諧に狂った心”という意味で彼の作品の中に描写されており、それは芭蕉の作品の品格をより高める役割を果たしているのである。その外に“風騷”という素材も“俳諧”の意味で芭蕉の作品の中で描写されていて、芭蕉が自分の俳諧世界を改革をしていく過程において“俳諧”のイメージを完成していくのに重要な役割をしたと言える。'風雅'という素材も芭蕉の作品の中で“俳諧”のイメージで描写され、芭蕉の俳諧観を作り上げるとことに見逃せない役割をしたと評価できるのである。
  • 18.

    Civil Dispute Adjudication in Tokugawa Japan - Norms and Interpretations -

    김석연 | 2011, (31) | pp.333~356 | number of Cited : 0
    Abstract
    The overlords of Tokugawa Japan, as elsewhere, asserted its authority through adjudication. With a modest aim of narrating the way the bakufu coped with the growing demands for judicial remedy, this essay seeks to review the basic layout of Tokugawa civil suits and the governing principles on their discriminatory treatment at courts. As has been explored in secondary literature, the official gradation of claims was fraught with forbiddingly cumbersome structural impediments against litigation, especially those involving unpaid loans. Instead of single‐mindedly favoring certain “feudal” class interests, nevertheless, the bakufu seems to have been well aware of the practical exigency of judicial enforcement in monetary matters. The source of conflict in the second half of the Tokugawa period tends to be identified in the context of “proto‐industrialization”: as a consequence of expanding commercial transactions, it is often proposed, interpersonal relations became increasingly adversarial. Whether the records of civil disputes bear out that proposition seems debatable, however. The rising lawsuits over money, as more traditional explanations would have it, may have largely reflected a general economic distress and the rampant delinquency of the samurai over whose behavior the bakufu apparently had only a limited power.
  • 19.

    The Japanese Consciousness on Kami through Shiwasmatsuri

    KIM TAE HEE | 2011, (31) | pp.357~376 | number of Cited : 1
    Abstract
    日本人はお宮参りや初詣などの神道式儀礼を行いながらも葬礼は仏教式に火葬をし、結婚式は教会であげる場合が多い。それにもかかわらず、多くの日本人が自分は宗教を持っているとは思わないという。本稿はこういう現象が日本人の神に対する独特なイメージからきたものではないかという問題から、九州宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区の神門神社の師走祭りという実例を通じて考察したものである。師走祭りは異国で離れ離れになって死んで神になったと言われる百済王伝説の証拠として知られている祭りである。百済王の親子が一年に一回再会するという形式に二泊三日にかけて行われる。百済王伝説の再構成と祭りの過程から以下の二つの点が明らかになった。第一、師走祭りの期間中、村人が祭神である禎嘉王と福智王の神体に祈る内容を整理してみると、安産・家内平安・農業と家畜の豊穣など現実生活の上での必要によるものである。第二、百済王伝説が1980年代百済村建設という村起し事業の過程で再構成されるまで村人たちは師走祭りの神様が誰なのかはっきりとわかっていなかったことである。こういう二つの事実から類推できることは、日本人は、世の中には八百万に当たる数多い神がいると思い込み、各神は人間に授ける福徳が分業化されていると思っている。神道の神に対するこのようなイメージが宗教についての現世的かつ便宜的分業化に繋がり、長い間、日本人は神道の神には現世の暮らしを、仏には死後の世界を託してきたのだと思われる。なお、それが教会での結婚式の盛行にまで繋がり、多くの日本人が現世の必要に応じて儀礼だけを取って教会で結婚式をあげていながらも自分が宗教生活をしているとは思っていないのではないかということである。
  • 20.

    The theory of guerrilla warfare and Waegu(japanese pirates) - mainly the insistence of dominium on the island of Tsushima, Japan. -

    Yi, Young | 2011, (31) | pp.377~413 | number of Cited : 5
    Abstract
    倭寇の戦術をゲリラと比較考察した結果, 倭寇はゲリラの基本要件を備えていたし,また両者の戦闘行動は①襲擊 ②伏擊 ③破壞工作 ④テロ ⑤ 退却 ⑥潛伏等の面でほぼ一致することが確認された. 朝鮮の世宗元年(1419)に行われた対馬征伐(応永の外寇)を契機として始まった対馬に対する領有権の主張はその歴史的根拠が乏しい. それはただ対馬征伐を正当化する目的で打ち出したものであった. 高麗王朝は勿論世宗代にも朝鮮側は, 対馬は日本の領土であると認識していた. どころが対馬征伐の後, 朝鮮は対馬に対して‘空島化’を要求する. 対馬はこれに応じなく, 代りに‘屬州化’を提案する. それに答えて朝鮮の朝廷は島主に印信を下賜した. これによって朝鮮は対馬が朝鮮領土の一部になったと主張出来る根拠を確保した. しかし‘屬州化の提案’は対馬側の臨機應變的な措置であり本音ではなかった. その点は朝鮮側も知り尽くしていた. 対馬は地理的かつ地政学的に‘倭寇の聖域’の機能を果たしていた. ここで'聖域'とは安全な避難処を意味する. 朝鮮側は対馬が倭寇の本拠地であるのを分かっても日本の領土なので勝手に侵攻できなかった. 朝鮮側が‘屬州化’の虛構性を知りつつ以降も対馬に対する領有権を主張し続けたのは, 対馬が再び倭寇を行うことが有れば何時でも軍事行動を起こすという強い決意の表現であった. それは言換えれば倭寇の聖域を認めないという意味でもあったのである.