Korean | English

pISSN : 1229-6309

2020 KCI Impact Factor : 0.33
Home > Explore Content > All Issues > Article List

2012, Vol., No.32

  • 1.

    일본 신문광고 캐치카피에 나타난 언어유희표현에 관한 고찰

    kwon ik ho | song sookjeong | 2012, (32) | pp.7~25 | number of Cited : 5
    Abstract
    本稿では、日本新聞広告キャッチコピーに表われた言語遊戯表現に関して考察を行った。その結果をみると、新聞広告キャッチコピーの言語遊戯表現は、消費者が承知している表現や諺、慣用句などに創造力を加えることにより消費者の興味を引き起こし、広告を長く記憶できる装置として使うものが多かった。その具体的な例として、しゃれ、語呂合わせ、重義性を活用した言語遊戯、慣用的な言語遊戯などがある。そして、新聞広告キャッチコピーの遊戯表現は音の繰り返しによる言語遊戯表現が多く、音や音節の反復よりは単語や語節の反復が目立つ。また、新聞広告キャッチコピーの遊戯表現は創造的な表現が多かった。それも消費者に独創的なアイディアで新鮮さを与えて、情報を長く記憶できるようにするためである。最後に、業種別に新聞広告キャッチコピーを考察した結果、食品業種が一番多く言語遊戯の使用傾向が多いことが分かった。業種別に言語遊戯の使用様相に差がみられるのは、広告の特性上、真実性を伝達すべき広告であるほど、言語遊戯表現が少なく使用されるからだと思う。
  • 2.

    Analysis of Correlations Between Japanese Loanword, ‘ijime’, Used in News Reports of Korean Internet Portal Site and Audience's Usage of the Word

    Byongcheol Kim | 2012, (32) | pp.27~50 | number of Cited : 0
    Abstract
    This paper aims to verify the correlations between the japanese loanword, ‘ijime’, used in news reports of 'Media Daum', one of major Internet news portals in Korea, and audience's usage of the word from January 2005 through December 2010. First, this study analyzes whether there are any differences among daily newspapers and TV networks in the usage period and frequency of the japanese loanword, 'ijime', which means bullying. This study also investigates the usage period and frequency of 'wangtta', Korean slang for 'ijime', and its another Korean expression of standard language which means group bullying. In particular, this study examines whether the media's usage of 'ijime', 'wangtta', have any correlations with audience's usage of the words, respectively. The results show that major Korean newspapers and television networks which provide a massive number of daily news to 'Media Daum', use 'wangtta' and its another Korean standard language more frequently than the Japanese word, 'ijime'. This paper has also found that the media's usage of 'wangtta' and its another Korean standard language have positive correlations with audience's usage of the words, respectively. Especially, regression analyses revealed that the monthly number of news reports using the Korean standard language is a cause of the monthly change of audience's usage of the term, while no evidence of causal relationships between the words of 'ijime' and 'wangtta' of news reports and audience were found.
  • 3.

    On the meaning of chinese 'le' and japanese 'ta'

    MO SE JONG | 정춘실 | 2012, (32) | pp.51~69 | number of Cited : 0
    Abstract
    一般に、日本語の「タ」と中国語の「了」は意味的に対応する形式として理解される。しかし、「了」と「タ」はその使い方が一致しない場合もある。「了」は文中に現れる位置が一定ではなく、動詞直後につく場合、文末につく場合、動詞直後と文末の両方に現れる場合もがある。そして、「了」をつける位置を変えてもその意味が変らない場合もあるが、位置を変えるとその意味が変ってしまう場合もある。本稿では、この動詞の種類によって異る「了」と「タ」の対応関係を明らかにし、また、「了」と「タ」が対応する場合に「タ」が3つの「了」のどのパターンに対応するかを明らかにした。状態動詞の「タ」形は、一般に「了」に対応しない。動き動詞の主体動作動詞の「タ」形は、一般に動詞直後の「了」と文末の「了」の二つのタイプに対応する。主体変化動詞の「タ」形は、目的語や数量を表す語句などを伴わない場合には、文末の「了」に対応する。動詞の後ろに目的語や数量を表す語句などを伴う場合には、主体動作動詞と同じように、動詞直後の「了」と文末の「了」の二つのタイプに対応する。また、構文のタイプによって異る「了」と「タ」の対応関係について考察した。述語が動作性目的語を取る場合、主語述語文を目的語に取る場合には、日本語では「タ」が使われているのに、中国語では「了」が使われない。ただし、同じ動詞でも構文が違うと「タ」に「了」が対応する場合もある。また、「V+在+場所・時間」構文は過去の完了したことを表している場合も、「了」が使われない傾向がある。「場所+V+了+NP」構文で、動作主が存在しない場合には、「了」は「結果の残存」を表し、日本語の「テアル」に対応する。動詞の直後と文末の両方に「了」がつく場合、文は「完了」を表し、「タ」に対応が、期間を表す語句を伴う場合は、「事象の現在までの持続」、「結果の残存」を表し、この場合「了」は「テイル」に対応する。そのほかに、構文のタイプによる違いとは言えないが、「タ」や「了」が一般に表すとされる「過去」や「完了」とはやや異る特殊な意味を表す場合に、その表す意味の違いによって「タ」や「了」の対応関係が異る。「タ」が「確言」、「要求」を表す場合は、文末の「了」に対応するが、「タ」が「想起」を表す場合、対応する中国語の文には「了」が使われない。また、「了」が「意志」、「未来の事象」、「禁止」を表す場合は「タ」が対応しない。「タ」に「了」が対応するか、しないかは、動詞の種類のほかにも構文のタイプなどによって決まる。「テイル」形が「了」に対応する場合もあるが、これらについての考察は今後の課題としたい。
  • 4.

    Categories of Japanese Multiple NSI Constructions

    Park Kanghun | 2012, (32) | pp.71~88 | number of Cited : 2
    Abstract
    This paper investigates categories of Japanese multiple negative sensitive item constructions (multiple NSI constructions, hereafter). I focus primarily on multiple NSI constructions which are involved with sika ‘only’, indeterminate-mos such as dare-mo ‘anyone’, nani-mo ‘anything’, dokoni-mo ‘anywhere’ and adverbial NSI of kessite ‘never’. A study on Japanese multiple NSI constructions has recently been one of the hottest issues. Since Nishioka (2000)’s works, various theoretical approaches have attempted to capture the properties of the constructions (Sells (2001), Kuno and Whitman (2004),Watanabe (2004), inter alia). Although their concrete arguments are quite different, there is one common thing in their arguments. That is, there exists only one category of Japanese multiple NSI constructions. However, we can easily find that the generalization is not true through a couple of phenomena such as linear constraints between NSIs and differences in interpretation of sika. The arguments of the paper are two-fold. Firstly, there exist four categories of Japanese multiple NSI constructions. Secondly, in order to categorize them properly, we should classify the NSIs into three groups, namely, (i) multiple NSI constructions involved with sika and dare-mo, dokoni-mo, (ii) ones contained with sika and nani-mo, (iii) the other types such as included with sika and kessite or with indeterminate-mos and kessite.
  • 5.

    다문화가정의 언어생활에 관한 고찰 ― 강원도 내 여성결혼이민자를 중심으로 ―

    박복덕 | 2012, (32) | pp.89~109 | number of Cited : 0
    Abstract
    本論文は江原道内に居住の女性結婚移民者の中で、中国、日本、フィリピン、ベトナム等計116名を対象にして多文化家庭内の日常生活における言語使用について調査したものである。 まず、社会人口学的背景として年齢は、中国、日本出身は40代がもっとも多く、フィリピンは30代、ベトナムは圧倒的に20代(94.1%)が多かった。学歴は、全般的に高卒出身者がもっとも多かった。職業は、大部分の人々が専業主婦(62.1%)であることが分かった。韓国での居住期間は、ベトナム出身が最近1ー3年(52.8%)、4ー5年(23.5%)の間に入国していることが明らかになった。結婚過程においては、出身国別に著しい差が現れた。 二番目に、日常生活における言語使用については、1)韓国語の意思疏通能力は92.2%が'中·上'で応答した。2)誰かと韓国語で対話する時一番難しい相手としては半分(45.7%)に近い比率で周辺の人達を挙げた。3)難しい理由としては各出身国別に異なる理由を挙げていた。4)韓国語の学習期間は63.8%が1年以上であることが明らかになった。しかし韓国語を全く学んだことがないという場合も11.2%も現れた。5)韓国語の教育機関としては大部分の人々が多文化家庭支援センター(48.0%)で韓国語を学んでいることが分かった。しかし、いまだに一人で学習しているという応答者も16.5%も現れた。6)韓国語の学習の時言語機能の面では中国(56.5%)、日本(58.1%)、フィリピン(65.4%)は書くこと、ベトナム(41.2%)は話すことが最も難しいと答えた。7)難しい言語内容では日本(81.4%)とベトナム(64.7%)は発音が、中国(47.8%)とフィリピン(34.6%)は文法が最も難しいと答えた。8)子供と対話する時使用する言語は大部分の人々は韓国語(59.5%)だと答えたが、一部の人々は韓国語と自分の母国語を交えて対話する場合(32.8%)もあった。9)出身国を問わず全ての応答者が圧倒的の比率(95.7%)で子供たちに母国の言語と文化の教育を希望していた。10)子供たちに自分の母国の言語と文化を教えたい理由において中国は‘世界的な人材に育てたいから’(71.4%)が一番高い比率で現れ、日本は‘世界的な人材に育てたいから’(47.4%)、‘母国の文化を理解させたいから’(38.1%)、フィリピンは‘母国の文化を理解させたいから’(44.0%)、‘世界的な人材に育てたいから’(40.0%)、ベトナムは‘世界的な人材に育てたいから’(50.0%)、‘本人との円滑な意思疎通のため’(31.3%)と答えた。 上の結果を分析してみると多文化家庭の女性結婚移民者の韓国社会適応とともに幸福な家庭生活のために何よりも重要なことは‘意思疏通能力’であるということが分かった。言語疎通が円滑に行えなければ、家族扶養、近所付き合い、職場生活、情報入手等あらゆる日常生活において否定的な影響を及ぼすだけでなく時には家庭が破綻するケースも発生する。したがってこのような結果をもとに今後多文化家庭の女性結婚移民者の韓国語の教育は出身国別にひときわ細分化され学習者の要望に合った教材と教育プログラムが開発され運営されることが望まれる。
  • 6.

    의문대명사의 여러 기능과 교육에 대하여 ― 한국어 ‘무엇’과 일본어 ‘何’를 중심으로 ―

    배덕희 | 2012, (32) | pp.111~132 | number of Cited : 0
    Abstract
    本論文は韓国語母語話者を対象とする日本語疑問代名詞‘何’の教授学習指導方案を論議したものである。具体的には、両国の文学作品の中で用いられる‘무엇’と‘何’の用法を分析し、相違点を取り出した。これをもって教授学習指導内容の範疇を提示した。‘무엇’と‘何’の共通点としては、疑問詞・不定詞・感動詞の意味機能があげられる。しかし、‘무엇’は単独形式で不定詞の機能をするが、‘何’にはこのような機能はない。それに、‘무엇’は談話標識語や慣用的な表現として、‘何’は他の要素を伴い連語や副詞としての機能がある。形態・統辞的な用法を観察するために、‘무엇’と‘何’が後接形式を伴わない場合と伴う場合とに分けて考えてみた。単独形式として用いられる‘무엇’は不定詞・感動詞・談話標識語として、‘何’は感動詞・疑問詞として機能する。後接形式を伴う場合、文章の統辞構造を形成する格助詞との結合の面では両言語は大変似通っている。しかし、文末では‘무엇’は25.65%、‘何’は3.89%用いられ、文末表現としては‘무엇’の方が発達している。また、‘무엇’は‘뭐,뭣’の形態で慣用的な用法として2.63%、‘何’は連語や副詞の形態で60.42%用いられている。すなわち、‘何’は多様な要素とひとかたまりになり一つの語彙として多く用いられる点が‘무엇’と異なる。以上のことから、韓国語母語話者を対象とする‘何’の学習指導では‘무엇’と‘何’の類似点だけでなく差異点が強調される学習指導の必要性が分かった。すなわち、‘何’を疑問代名詞として扱っている現在の学習指導の内容だけでなく、‘何’の個別語彙次元の固まりの連語や副詞の語彙用法も扱われなければならないということである。そこで、本論文で提示した“教授学習指導内容の範疇”を参考に、日本語教師は学習者のレベルに合わせて形態・統辞・意味情報を統合した教授学習指導模型を制作し、活用すればより効果的な教育結果が得られるのではないかと思われる。
  • 7.

    한․일 담배 브랜드명의 명명 메커니즘

    윤사연 | 2012, (32) | pp.133~149 | number of Cited : 0
    Abstract
    名前とは、生活の中で使われる言語が時代的及び文化的な影響を鋭く反映させた総体的な言語の結果物であると言える。多様な分野の名前の中で特に製品のブランド名は、今日の製品に対する属性の伝達と他製品との区別という役割だけではなく、製品に対する無形的な価値をも高める役割をするため、当然のごとく重要視されている。また、一つのブランド名は過去から今日まで続いて生成されており、ブランド名の命名考察は通時的な言語の考察として十分な価値があると判断される。本稿では煙草のブランド名を研究対象にし、命名メカニズムを考察してみる。まず、言語的な側面からのメカニズムは、煙草のブランド名を構成する色彩名、自然名、記念名に分類し、その役割を分析する。また構造的な側面からは、煙草のブランド名の言語の一定のパターンによる効果に対して調査する。また、煙草のブランド名の命名メカニズムを分析する過程で他製品のブランド名の相違点と煙草のブランド名の通時的な考察を通じ、時代の多様な側面を行ったことにも本稿の意義がと思われる。
  • 8.

    On the Mutual Evaluation of the Language Behavior of the Three East Asian Countries: Korea, China and Japan

    lee kil yong | 2012, (32) | pp.151~172 | number of Cited : 3
    Abstract PDF
    本研究は、ある国の言語行動が他国の人に否定的に評価され、言語行動上の転移があると仮定されれば、そこに異文化間コミュニケーションにおける摩擦の引き起こされる可能性があるという認識のもと、韓․中․日の3ヶ国の大学生の依頼発話に対し、それぞれどのような評価が行われ、それはどのような要因によるものか、という要因究明を試みた。韓․中․日の3ヶ国人の「依頼」という目的指向的な言語行動に対する評価調査では、2009年~2010年にかけて韓国と中国、日本においてそれぞれ約300人の大学生、計922人にアンケート調査に協力してもらった。3ヶ国人のそれぞれの依頼発話のステレオタイプを選定し、その発話に対して「丁寧」「具体的」「論理的」「対人配慮的」「目的指向的」の5つの評価項目に分けて相互評価をしてもらったものである。その結果、まず次のようなことが確認された。(1)自国人の評価の結果と、相手国の人々の評価の結果とを比較すると、程度の差はあるものの同様の曲線を描いており、近似した評価を行っている。(2)韓国語や中国語、また日本語の依頼発話のステレオタイプに対する3ヶ国人の評価をまとめると、自国語の「丁寧」と「目的指向的」項目を相対的に高く評価するといった一貫した特徴が認められる。(3)日本人は自国語の依頼発話に対して高い評価をする。発話の意図を明確に示すということ以上に重視される丁寧さと対人配慮といった日本人の依頼発話の定型的な形態が存在することが浮き彫りになった。次に、各国語の依頼発話に対する韓․中․日の3ヶ国人のそれぞれの評価の分析結果からは次のようなことが伺われた。(a)韓国語の依頼発話は、日本人に「丁寧さに欠けたり、相手に対する配慮が不足する」と受け止められる可能性がある。(b)中国語の依頼発話は、韓国人と日本人に「丁寧さに欠けたり、相手に対する配慮が不足する」と受け止められる可能性がある。(c)日本人の依頼発話は、韓国人や中国人とのコミュニケーションにおいて、情報の伝達に支障を来たす恐れがある。こうした具体的な発話資料を基にしてステレオタイプとなる発話を取り出したこと、韓․中․日の3ヶ国人のそれぞれの依頼発話に対する肯定的な評価と否定的な評価を見出したことなどは、本研究の創見である。
  • 9.

    上代神名의 借訓表記

    Choi, Kun sik | 2012, (32) | pp.173~198 | number of Cited : 3
    Abstract
    神名を含んだ固有名詞の表記は固定的な傾向(とくに地名の場合)をもつ上、語義未詳の場合が多く解釈が至難である。そこで、本稿では神名における借訓表記の全体像を捉えるべく、それを表記類型別に分けて考察し(第二節), とりわけ一字一音による借訓表記を中心にその形式と内容により四つの形態に分類し考察を行った(第三節)。それから、神名における借訓表記に現われた調査結果を同時代の資料である万葉集の和歌と籍帳(大宝二年戸籍)の人名における訓假名の様相と比較した(第四節)。まず、神名の類型別分類を通じて神名表記の多様さを観察することができたのであるが、そのなかで目立った特徴として、E類型の「正訓字交用」による表記形態が一番多く現われるということが言えるだろう。とくに正訓字と訓假名交用によるE-1類型が用例の大多数を占めていたのであるが、これは橋本(1959)の正訓字と訓假名とが共起するという萬葉集での研究結果と一致するもので注目される。一字一音の借訓表記については、訓假名として固着的な形態の⑴借訓と、一回性の臨時的な性格の強い⑵略訓の形式、それに異傳などでの⑶音轉による轉訛形と、訓を明示するための⑷添記による形式、など多様なパターンを観察することができた。とくに、⑷添記による形式は古代韓國語の鄕歌における表記形態と大変類似しており今後の研究課題として期待されるところである。また、神名と萬葉集の和歌、御野国戸籍の人名における借訓表記の樣相が位相差のあるにも拘らず、大変共通性の多いものとして観察されたのは意義深いと言える。これは、口承などで伝来してきた旧来の神名に対する表記作業が記․書紀時代(八世紀の初葉)に行われたことと関係があり、したがって、神名における借訓表記も當時一般に行われていた用字法に基づいて作成されたためであると推定される。
  • 10.

    『交隣須知』에 나오는 「お(ご)~동사」형태의 겸양어에 대하여

    Choi, Chang-wan | 2012, (32) | pp.199~213 | number of Cited : 1
    Abstract
    京都大學所藏本及び1881年本『交隣須知』を資料として、「お(ご)~動詞」形の謙譲語について調べた結果、次のような事実が得られた。京都大學所藏本に表われる「お(ご)~動詞」形の謙譲語としては、「ヲーアツカル」「ヲー申ス」が、また、これに接続する動詞としては、「ホメル」「ツク」「タツネル」「ウツス」が使われている。1881年本では、「オーモウス」「ゴースル」が、また、これに接続する動詞としては、「ヨロコブ」「ワカレル」「タノム」「ヒキトメル」「ツク」「マネク」「介保スル」が使われている。京都大學所藏本に表われていない「ゴースル」は、「ヲー申ス」から変化したのではなく、「下サル」と「ヲー下サル」から変化していた。これは、「ヲー申ス」の用例の数が少なくなって、「ゴースル」に変化したとは思われないということを意味する。韓國語表現は、京都大學所藏本では、「(이안)다」を除いた、3例に敬語的要素が含まれていたが、1881年本では、「オーモウス」の場合、8例のなか、5例だけが、韓國語表現でも敬語的要素が含まれていた。「ゴースル」の場合、2例とも敬語的要素が含まれていなかった。
  • 11.

    A thinking of Korean student about willing's expressional ways that has the intention of 'instructions'

    츠자키고이치 | 2012, (32) | pp.215~231 | number of Cited : 1
    Abstract
    「指示」の表現意図を表す非典型表現のうち、意思表出表現の「シマショウ・합시다」系と「スルゾ・하자!!」、および「宣言」型表現の「シマス・하겠습니다」系を取り上げ、表現意図と表現形式の観点から、日韓それぞれの表現形式の用い方が一致するのかどうかを考察するため、今回、その予備的調査を行った。調査資料として、テレビドラマの場面を用い、そこで用いられる「指示」の表現意図を表す「シマショウ」等を韓国語の同様の表現に入れ替え、韓国語話者がそれをどのように感じるか調査した結果、両者(自分+相手)が行動する「シマショウ」系と「スルゾ」、および「宣言」型表現では、全ての場面で、同様の韓国語に入れ替えても特に問題ないという回答が8割以上を占めた。しかし、相手のみが行動する「シマショウ」系が用いられる場面については、「합시다」系よりも「하세요」系を用いるべきだとする回答が圧倒的に多かった。相手のみが行動する「指示」の場合に「シマショウ」系が用いられるのは、場面やコミュニケーションの内容などにつき相手との共有意識や相手を配慮する意識がある場合だが、韓国語話者としては、今回資料として用いたテレビドラマの場面で、共有意識をもったり、相手を配慮したりすることに違和感があったようだ。この点、今後の調査研究でさらに明確にしていきたい。 また、本稿では相手に直接向けた「シテモライマス」を「シテモライマス型宣言」とし、これを「宣言」表現と位置づけ、ドラマの場面で用いられる「シテモライマス型宣言」について、それがどういう場面で使う表現か理解できたかを確認する質問も行ったが、理解の程度はかなり低かった。
  • 12.

    교수에 대한 대학생 언어행동의 한일비교

    Hong, Min-Pyo | 2012, (32) | pp.233~251 | number of Cited : 3
    Abstract
    日韓の大学生614人を対象に大学教授に対する言語行動を調べた結果、以下のようなことがわかった(調査期間2010. 11-12)。(1) 先生を直接呼ぶ場合、韓国の大学生は、主に‘교수님’と呼び、日本の大学生は主に「先生」や「木村先生」と呼ぶ学生が多い。(2) 先生を誰かに言及する場合、韓国の大学生は両親には‘교수님’、友人には‘김교수님’と言い、日本の大学生は両親や友人ともに「木村先生」を多く使っていることが分かった。(3) 先生に対する誉め行動については、これまでの先行研究とは異なり、日本の大学生が韓国の大学生よりもネクタイやヘアスタイルなどの外見の変化に対して、より積極的に言及していることが分かった。(4) 食事時間の前後に先生に「食事したか」という挨拶の言葉は、韓国ではよく使うが、日本ではほとんど使われていないことが分かった。(5) 初対面の新任教授に対する話題選択の意識を調査した結果、「宗教」以外のすべての話題について、日本の大学生が韓国の大学生よりも積極的に質問することが分かった。(6)「(ゆうべサッカーの試合を)見たか」と「(一緒に)食べないか」ということばを親しい先生にどのように言うかを意識調査した結果、韓国の大学生は、敬意の最も高い敬語専用動詞を圧倒的に多く使っており、日本の大学生は、「です/ます」体を最も多く使っていることが分かった。しかし、これは韓国の大学生が日本の大学生よりも先生に対する尊敬心や待遇意識が高いからではなく、親しい人には敬意の高い言葉をよく使わない日本人の敬語意識と、先生との個人的な親しさは敬語使用にほとんど影響を与えない、という日韓両国人の敬語意識の違いによるものであろう。
  • 13.

    나쓰메 소세키의 스포츠관

    김옥희 | 2012, (32) | pp.253~271 | number of Cited : 0
    Abstract
    夏目漱石はスポーツとは縁のなさそうな作家の一人である。したがって、漱石とスポーツを結びつけた研究はあまり見当たらない。しかし、漱石は日本の近代スポーツ導入期に中心的な役割をした一高と東京大学の出身なので、青年時代に多様な種目のスポーツを体験した。当時、スポーツは新しい文明の象徴としての意味を持っていたので、関心を持たざるを得なかったのである。そういう関心は自然と彼の作品に反映されている。勿論、スポーツに対する関心が必ずしもスポーツに対する好感に結びつくわけではない。それでこの論文では漱石がスポーツをどのような視線で見ていたのかを作品の中の記述を通して探ってみた。 漱石の作品の中でスポーツ関連の記述がもっとも多いのは『吾輩は猫である』といえる。野球を始めとする人間の身体運動全般を冷笑的にながめる猫の視線を綿密に分析することによって、漱石のスポーツ観を確認することができた。また、『三四郎』には大学で開かれる運動会をやはり冷笑的にながめる視線が具体的に描かれている。そういう視線には無分別な競争心を誘発し、画一化した価値観を伝播する手段として、運動会が利用されることに対する反発が含まれている。そして、『それから』には野球と相撲が登場する。野球は代表的な外来スポーツであり、相撲はまた代表的な伝統スポーツである。したがって、この二種目を作品に登場させたのは、相当緻密な計算によるものといえる。『それから』にもやはり野球は否定的に描かれている。しかし、身体活動の中で唯一相撲だけは肯定的に描かれているが、漱石が残した記述を手がかりに、漱石にとって相撲はスポーツというより芸術だったことがわかった。
  • 14.

    『日本靈異記』의 '孝'관련설화 고찰

    김정미 | 2012, (32) | pp.273~292 | number of Cited : 0
    Abstract
    『日本靈異記』の孝說話は‘孝’が血緣の情をはるかに越え、人間的な道理の側面があるということをいまだに自覺していなかった民衆に親子の間の道理を再認識させるきっかけとなったといえる。そして孝の具體的な實踐方法は饑餓、死、債務辨濟、兵役など日常生活のすべてにわたる多樣な狀況でも因果應報の法則を適用させ、聽衆に佛心を通しての供養を强調している。また孝說話には非倫理的な行爲による慘酷な應報の實狀を細密に描き、不孝がもたらす結果に恐怖心を觸發させ、因果應報の原理を自然に人々に自覺させている。だから編者の景戒は『日本靈異記』の他の說話と同じように、孝說話でも仏法擴散のための敎化目的を特に强調しているのを否定できないと思われる。また、化牛談に登場する僧侶の役割も神話的な要素を包んだ古代傳承のほどではないが、說話の構成要素に傳承的な要素を巧妙に裝置して固有信仰と佛敎の融合を自然に導いている。すなわち古代傳承に登場する異人が僧侶に脚色されて輪廻の實狀と因果應報の現像を證明する擔當者に配置させている。また、佛敎的な孝の實踐の重要性を强調するため、血緣と無關な第3者の善行を包んだ惻隱至心の實踐を通じて實生活の細かい部分まで佛供を通した孝の實踐の具體的な方法を述べている。
  • 15.

    ‘식민지기 조선인 여성작가’ 최정희의 문학과 전쟁동원 ― 여성성과 전쟁동원 논리 결합양상을 중심으로 ―

    Kim Hyo Soon | 2012, (32) | pp.293~313 | number of Cited : 2
    Abstract PDF
    本論文では植民地時期日本帝国の動員政策と女性作家達の親日の方法を検討し、女性作家としての崔貞熙の文学の女性性と戦争動員論理との結合の在り方について追究した。その結果、女性作家達の親日作品は、ただ作家が女性だとして全てが女性性を預かったり女性解放を志したとは言えないし、或いは女性性を預かっていても、その概念や女性解放の追究の方法は作家によって違っていることが明らかになった。第一任淳得は意識的に文学の中で女性性を排除し、民族解放の問題を全景化することによって非協力の抵抗を具現している。また崔貞熙とともに代表的女性親日作家として評価されている張德祚は、女性性を西欧の個人主義・自由主義の産物として否定している。そのような有り様は毛允淑、盧天命等の詩の場合においてはもっと露骨的に露になっており、女性性そのものは否定されるべきものとして、それから母性は国家と民族、東洋平和のために犠牲されるべきものとして描かれている。或いは戦争遂行という男性中心の世界に同化しようとする欲望さえ露にしている。即ち抵抗であれ協力であれ、女性作家達の日本語作品において女性性は抹殺、或いは抑圧する形で日本帝国の同化政策の論理に従っているこたが分かった。ジェンダー批評家達の指摘している女性解放への期待は見えない。そればかりかではなく、むしろ男性中心主義的家父長制や国家イデオロギーなどが女性性を抑圧していることは隠蔽・忘却されているのである。それとは違って崔貞熙の親日文学においては、恋愛感情(ロマン)、美、母性などの女性性は否定され排除されるべきものではなく、歴史的・相対的概念である。それで女性性は戦争を遂行する歴史的・社会的コンテキストに合わせて再規定されることによってて動員イデオロギーと結合されていく。すなわち、崔貞熙の親日作品に於て女性性は国家や民族のために否定、犠牲、排除されるべきものではなく、女性として或いは人間として自我を実現するために守らなければならないものとして描かれている。それが他の女性親日作家達の作品と崔貞熙の文学とが違っている所であると言える。
  • 16.

    『今昔物語集』의 增賀(조가)성인(聖人)傳 고찰

    MyungJae Moon | 2012, (32) | pp.315~331 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿は『今昔物語集』に登場するあらゆる階層の人物像を通して、平安時代の実相を把握しようとする試みの一環であり、僧侶階層の中でも常に聖人として称えられていた増賀の一代記を考察したものである。 増賀は奇行や破戒の行いを憚らなかったにもかかわらず、多武峰の聖人という別称で呼ばれるほど尊敬された高僧である。彼には聖人としてのイメージと奇人または狂人としてのイメージが同時につきまとっており、聖と俗が共存する特異な人物である。増賀の一生をたどっていくと、彼は極楽往生という目標を成し遂げるために熾烈な修行を行ったように感じられるが、彼の奇行もその目標を達成するための方便の一つであったことが分かる。すなわち、世俗の名利が往生に大きな障碍になることを認識したためにそれを徹底して拒み、このような認識が奇行という形で現れたのである。 彼の求道の過程を探ってみると、「出家→真摯な求道修行→奇行→多武峰入山修行→奇行→涅槃(極楽往生)」のように要約できるが、下線部の二度の奇行はその性格が異なる。一番目の奇行は真摯な求道修行のための環境作りの方便であり、二番目の一連の奇行は名僧になってから真の解脱を成すための方便のであった。これらの奇行は方便の違いはあろうが、極楽往生という最終的な目標を成すための熾烈な求道修行の軌跡であったと言えよう。 したがって破格的な増賀の奇行は、説話を読む読者に興味を呼び起こす要素であったことは確かであるが、その裏面に隠れている熾烈な求道修行の過程を読み取ることによって、本説話はより真価を表すことになり、聖人としての増賀の名声が決して虚しいものではなかったことが確かめられよう。
  • 17.

    아스카(飛鳥)․나라(奈良)시대의 旱魃과 宗敎的 對應에 관한 考察 ―『日本書紀』『続日本紀』의 기술을 중심으로 ―

    Lee, Si-Jun | 2012, (32) | pp.333~355 | number of Cited : 0
    Abstract
     古代日本人は地震や火山爆発, 嵐, 洪水, 津波など自然が齎す災害を避けるとか阻むために神仏に祈ったり、元号を代えたりした。本稿は飛鳥時代と奈良時代に発生した旱魃に対して当時の人々はどのような宗教的な対応をしたのか,主に国家的次元で 『日本書紀』,『續日本紀』の記述を中心に考察した。その結論を要約すれば次のようである。旱魃は結局農耕と直結する事項で日本の神話には天神が農耕の創始者であり、且つ主体であることを強調する農耕神話がある。天皇による水神祭やいわゆる「天皇四方礼」は天皇、水、農耕の密接な関係を雄弁に物語ってくれる。旱魃に対する仏教的信仰による対応は, 僧尼を請じて仏法僧の三宝に祈願したり、仏教経典を利用したりして晴雨を行った。経典の内容よりも経典そのものや関連儀式が晴雨に効能があったと認識したことと推定される。次に神祇信仰による対応であるが、供物を捧げる「奉幣帛」と名山大川で雨乞いをする場合, 特定の神に祈る場合とに分けられる。本来民間レベルで始まった「名山大川」の祈雨祭が減少し, その代わりに国家の主導する儀式が制度化されて強化されて特定の神を祭るようになったと考えられる。最後に旱魃の原因が君主と臣下の不徳さに対する天の譴責だという天人相関説であるが、問題は当時この思想がどれくらい内在化したかという事である。筆者は旱魃だけではなく、地震と疫病の場合においてもその用例が少なく, 平安時代に盛んだった御霊信仰と, 「物の怪」の認識を持ってこの時期を逆照明した場合, 天人相関思想の浸透は徹底的ではなかったと判断する。
  • 18.

    <고백>의 시대와 <자기개조>의 욕망

    Jeehyung Lee | 2012, (32) | pp.357~380 | number of Cited : 0
    Abstract
     本論文は島崎藤村の小説『新生』と同時代の朝鮮の女性雑誌『新女性』における<告白>の分析を通して、<告白>という行為に内包された論理と意味について考察したものである。告白は制度であると同時に欲望である。<母性保護論争>という同時代の社会文化的コンテクストと連動する『新生』の告白は、告白主体の<改造>を齎すものではあるが、男女告白主体の告白の結果は明らかに性的不公平を内面化させる。『新女性』は1920年代の朝鮮を代表する女性雑誌である。とりわけその記事編成において注目すべきことは男女の<告白>形式の記事である。男女の告白は、女性の告白が現実に対する切実な問題意識に基づいた実践であるに対して、男性の告白は文化的趣向に基づいた選択肢の一つに過ぎない。 こうした『新生』と『新女性』の両テクストにおける<告白>は同一性と差異を同時に露呈する。両者ともに啓蒙主義的視座に基づき、男性の告白で女性は男性の欲望を投射する媒介に機能するのみという点で両者は同様である。一方、差異は両テクストの女性告白主体の存在論的位置の差異によって齎される。被植民者であると同時に女性である朝鮮の女性は<二重の他者>と言える。だが、逆説的にこの二重の他者性のためにより問題意識を内面化させられた朝鮮女性の告白は、一層権威に対する<転覆的潜在力>を持つようになった。男の告白に収斂される節子の告白に対して、『新女性』の女性告白は主体化を志向する存在的欲望を明らかに露呈する。このように近代は<告白の時代>であった。告白は啓蒙と繋がって必然的に差異化をも伴う。しかし、その構造は二項対立的な図式に還元される機械的な性質のものではない。依然とした矛盾の時代のなかでも差異の隙間に入り込みその亀裂を通して自らの立脚点を確保していく近代<女性>の<告白>がそれを立証する。
  • 19.

    The study of plot argument between Tanizaki Jynichiro and Akutagawa Ryunosuke

    KIM SANG WON | IM MAN HO | 2012, (32) | pp.381~400 | number of Cited : 1
    Abstract
    The concept of the plot has been continuously changed up to today as Aristoteles has presented its concept for the first time, and still has not been clearly defined yet in a form of single explicit concept. However, one of the most differentiated factor in plot is developments of affair by cause and effect relationship, and secondly implementation of subject, and lastly formation of novel's beauty of art. This is one of the most important factor in novel, and whether plot is good or not has correlation to evaluate whether the novel is good or not. Anti-Plot novel, which is primarily to destroy the story of today's modern novel, but this can not denly that it has thought-provoking in even such novel. With respect to the concept of such plot, there has been argument between Tanizaki Jynichiro and Akutagawa Ryunosuke who were two greatest literary men in Japan since 1927. Tanizaki Jynichiro emphasized its interest and importance on Plot while Akutagawa Ryunosuke insisted novel without Plot is most artistic novel and pure art. The argument between theses two persons was ended in smoke, without winner due to Akutagawa Ryunosuke's suicide. However, the argument has become important moment for those who study literature since then. For this thesis, the concept of plot presented since Aristoteles era is to be examined, and plot arguments in Akutagawa Ryunosuke and Tanizaki Jynichiro will be discussed after. And finally, difference between novel with emphasis on Plot by Tanizaki Jynichiro and novel without emphasis on Plot by Akutagawa Ryunosuke will be examined.
  • 20.

    가네코 미스즈(金子みすず) 의 여성에 관한 인식과 그 의미 ― 남녀의 묘사가 다름을 중심으로 ―

    임유희 | 2012, (32) | pp.401~416 | number of Cited : 0
    Abstract
    金子みすずは1903年山口県大津郡仙崎村で生まれ、1930年亡くなった童謡詩人である。活動期間は短期間であるが、現役詩人である矢崎節夫氏の努力によって全ての詩作品(全512編)が発表されている。「こだまでしょうか」という作品が2010年ACジャパンが製作した公益広告として用いられ、さらに幅広く大衆に知られている。作品の主な素材は自然・風物・生命尊重・万物平等思想等等であるが、本稿で着目したことは男女を区分している金子みすずの認識である。子供向きの作品といえば男女の区分はあまり激しくないと思うが、童謡詩人である金子みすずは男の子、女の子を区分した作品を何編も残した。このような男女の区分の認識は素材や表現にも影響をおよぼしたので、女王や王という男女を区別した素材の応用も見え、その表現の差も表れている。無論、男女の間で差があることは当然であるが、基本的な差ではなく金子みすずの個人的な認識が出発点になっている違いが見え、特に女性は‘寂’という言葉と結びつけながら描写されている。金子みすずは女性作家という立場で創作を行ったというのが明らかである。全作品において約900余回にも及ぶ接頭語‘お’の使用は女性作家である金子みすずだけの特徴といっても良いと思われる。女性作家として、女性と男性を区分する金子みすずの認識と作品に描写した表現の違いは結果的に1900年代の男女の間で存在する制約とも繋がるようになったとも言えよう。残念なところは、児童文学の中でこのように社会的制約を乗り越えられなかったというのである。この考察を基に、女性作家としての社会的な制約を乗り越えられなかったという視点から金子研究をより深く展開していこうと思う。
  • 21.

    A Study on Haruki Murakami’s “Underground”

    Cho Joo-Hee | 2012, (32) | pp.417~434 | number of Cited : 0
    Abstract
    Despite the great stir it caused when it was first published, Haruki Murakami’s “Underground” is one of the least studied works of Murakami’s. The reception for the work has been mainly negative, being criticized for its creative motivation, writing style, and romanticization and insufficient verification of facts. Despite such controversies surrounding it, “Underground” did become a turning point for Murakami’s literary career and had a great impact on his later works, including his most recent work “1Q84”. Murakami himself once articulated that the creative motivations behind writing “Underground” had been 1) to relay the voice of individuals and 2) to investigate where the Japanese society was at. This study focused on verifying the integrity of the former, and concluded that his research was the most extensive and factual, compared to other existing works done on the victims of the attack. As for the controversy over the adequacy of “Underground” as a non-fiction, this study found that Murakami’s argument that “Underground” should be considered as a literary work rather than non-fiction does have a strong merit, and the work should be understood as the author’s creative reconstruction of the stories from the victims.  The work “Underground” needs to be evaluated with the focus on how it is consumed, rather than which literary category it belongs to. In addition, this work deserves to be considered with a broader perspective of what impact it had on and how it was developed and expressed in his later works.
  • 22.

    조선총독부의 ‘국어보급운동’에 대한 오피니언 분석 ―『오사카아사히신문』조선판『반도의 소리』를 중심으로 ―

    KIM YOUNG | 2012, (32) | pp.435~451 | number of Cited : 0
    Abstract
     1940年6月18日付けの「国語の不徹底」という投稿から始まった「国語常用化」、即ち「国語家庭化」に対する是非問題は表面的には賛成する意見の方は七日分、反対する意見の方は三日分という形で現れている。ところが、より綿密に検討してみる、両方とも国語の家庭化に賛同する意見のみであることが分かる。つまり、「国語問題是非」というタイトルを掲げてはいるにも関わらず、すべての意見が国語の常用化に賛成しており、ただそのスピードをより高めるか、より自然にするかという問題のみであった。 本来、日刊新聞は国民の意見や世論を反映する手段として<読者投稿欄>を設け、より活発な読者の参加を導いたりする。ところが、当時『大阪朝日新聞』「半島の声」という読者投稿欄はこのような新聞本来の機能を失ったまま、日本政府の国語普及政策に賛同する意見のみを載せているのである。これは何を意味しているのであろうか。当時、日本帝国主義の宣伝や広報に『大阪朝日新聞』「半島の声」という読者投稿欄が利用された可能性を排除できず、日本政府の政治的意図や目的がある程度介入されていたと考えられるのである。当時の『大阪朝日新聞』は朝鮮総督府の統治方針に協力し、朝鮮半島の忠実な報道機関としての役割を果たしていたのである。
  • 23.

    Satiricalness of the love for love's sake in Yamatonadesiko

    김홍래 | 2012, (32) | pp.453~471 | number of Cited : 0
    Abstract
    This article treated the satiricalness of the love for love's sake in Yamatonadesiko. If consider about the three point, first the sence of value attaching the wealth of suitor, second the eternal triangle figuring as rival in love, third the marriage to the poor in the end, we can distinguish the love for love's sake from Cinderella-motive. Yamatonadesiko what depict the flight attendant to make her rank escalate, is effected on Cinderella-motive. But if consider about three point, first the sence of value attaching the wealth of suitor, second the eternal triangle Sakurako-Nakahara-Higasizuzo, third the marriage to the poor Nakahara in the end, it is the love for love's sake story. And I can find a lot of motif-adoption in How to Marry a Millionaire. In the meanwhile, Yamatonadesiko is satirizing Japan-society, as How to Marry a Millionaire was satirizing America-society. In modern society, people have the freedom of marriage. So thay ditinguish between romance and marriage, and take a serious view of economic strength in a love marriage. The Sakurako's values that money is the best term in marriage, is one of the exaggeration and distortion about the modern marriage. The 「chameleon」 make dual strusture that means antique watch & tin toy. Disregarding the money having a extrinsic value, the playwright keep saying that there is a intrinsic value that cannot buy with chameleon. It makes fantasy with Sakurako who have values that money is the best term in marriage, did not choice self-centered but be fidelity on her tender sentiments.
  • 24.

    무가사회 다도의 의례적 성격

    ParkJeonYull | 2012, (32) | pp.473~493 | number of Cited : 2
    Abstract
    江戸時代に入り、幕府は諸大名を掌握するためのさまざまな政策を立ち上げた。その中にも君臣間の秩序を確認して、人間的な結束を堅める儀礼の一種として茶道に注目した。以前織田信長や豊臣秀吉が愛好したワビ茶道より派手で活気のある儀礼としての茶道をリードし、将軍の側近として新しい茶道を創案する大名が登場し、国家儀礼に取り組み始めた。特に将軍が大名を訪問する御成は政治儀礼の意味をもって厳格で華麗な様式が求められた。将軍の側近であり、大名として職務を担当する一方茶人として頭角を現わした人は古田織部と小堀遠州で将軍の茶道指南役を担当し、キレイサビと表現される身軽くて明るくて清い雰囲気の茶道を創案した。また一つの茶室で始終する茶会より、部屋を移しながら茶席を開く変化を追い求めた。一方、茶を飲みながら古典文学を楽しみ、美術品や文房具を鑑賞する手順をもうけ、客の緊張感を緩和しようとした。このような傾向は茶道が自らの精神性あるいは内面性のみを強調した茶道から離れ将軍が参加する儀礼である御成は武士の交流舞台になると同時に武士の文化的素養すなわち文武両道の力量をアッピールする儀礼になったことが注目される。日本の茶道は厳格な形式を黙黙と守りながら伝え受け継がれるものと認識されやすいが、実際には時代的要求と茶人の趣向にを反映し、様式・精神体や美意識が絶えず変化されてきたといえよう。即ち、形式と伝統を重視しながらも創造的な側面を積極的に許する文化領域であると思われる。
  • 25.

    한국 일본어교육의 문화교육 가이드라인 구축을 위한 고찰과 제언

    Momoyo Shimazu | An, Jiyoung | 2012, (32) | pp.495~515 | number of Cited : 1
    Abstract PDF
     外国語教育における文化教育は、時代と社会の要請に応じて修正されるべきものであり、現下の教育動向に基づいた文化教育の指針が示される必要があるという考えの下、本稿は、韓国の日本語教育における文化教育の指針を構築するための出発点として、文化教育に取り入れるべき視点や留意点を考察するものである。そのために、まず先行研究の概観を通して、欧米の外国語教育や日本国内の日本語教育における文化の捉え方とその問題点を明らかにする。その際、文化教育に取り入れられてきた言語観や、学習者が習得すべきとされてきた能力観と文化教育の関連にも注目する。次に、欧米や日本で開発されている外国語学習の基準モデルを紹介し、政府や教育機関の文化教育への取組みを概説する。これらのモデルでは、実際の言語教育のカリキュラムや授業実践において文化教育がどのように具体化されるべきか明らかにされているとは言い難いが、文化教育がポスト・コミュニカティブ・アプローチ時代の外国語教育や日本語教育の焦点になっていることが分かる。最後に、韓国の日本語教育における文化教育のためのガイドラインの構築に向けた提言として、その理念の概念化にあたり考慮すべき点を考察する。
  • 26.

    The study on Isao Yukisada's『GO』:Focused on the transfiguration of Zainichi images

    Shin so jeong | 2012, (32) | pp.517~531 | number of Cited : 0
    Abstract
    映画『GO』は2001年10月、行定勲監督の手により「国境線なんか、オレが消してやるよ!」という刺激的なキャッチコピーを前立てにして生まれ変わったものである。そこに、世間の注目を集めている俳優と製作者の要素が加わり、封切りの前から話題になったこの映画は、「第25回日本アカデミー賞」で14部門から受賞を成し遂げた作品でもある。映画『GO』は、金城一紀の直木賞受賞作小説『GO』を原作としている。小説『GO』は2000年3月に出版され、7月に直木賞を受賞した後、8月読売新聞の週刊ベストセラー総合部門で18位を記録したことから、大衆から注目を浴び始めたことが分かる。しかし、ここで注目すべきことは、映画『GO』が上映されてから、小説『GO』の売り上げがより一層上昇したことであり、それによって大衆から共感を更に広めることが可能になったことである。ここが本研究の必要性を表す重要なポイントである。具体的には次の通りである。映画は小説をほぼありのまま再現しながらも、親子関係につき、多少の変化を試みた。特に映画の前半部で、既存の在日文化物で描かれてきた、暴力的・感情的・家長的な父親と、反抗する息子という関係を原作とも差異を表しながら描写し、親子間の理解と和解を劇的に描く効果を得た。また映画を展開させながら、親子間の理解と和解の問題において、息子が成長して父親のことを理解するようになったと言うような単純な図式ではなく、親子間のコミュニケーションに基づいた「影響関係」という図式に拡張させた。これは、①在日父親の今までの描写方式からの転換、または転覆を可能にし、②在日父親像の転換が新世代である在日息子世代に肯定的な影響を与え、③在日新世代に、内的彷徨の時期を短縮し、未來指向的に生きていける提示になったことから、映画『GO』が持つ意義は大きいと考えられる。
  • 27.

    The study of The Calendar of the Tokio Kaisei-gakko 1875 Focusing on a comparison of Tokio Kaisei-gakko Ichiran

    Yi, Keun Sang | 2012, (32) | pp.533~550 | number of Cited : 1
    Abstract
    In this research, there will be shown a comparison of The Calendar of the Tokio Kaisei-gakko(1875) and Tokio Kaisei-gakko Ichiran ’s the contents and the context. Further consideration will be made in The Calendar of the Tokio Kaisei-gakko where some part were yet to be discovered as well as this research will make up for the weak point of Tokio Kaisei-gakko Ichiran. It would also revise author’s precedence research error done in Tokio Kaisei-gakko Ninenpo. This research would specifically show how early modern western learning education were formed regardless its effect. Furthermore, this fundamental data of Japan’s early modern western learning education will give a great contribution to hereafter research. It has shown that The Calendar of the Tokio kaisei-gakko is an English summary published by foreign professors in Tokio Kaisei-gakko which had its originated root from Tokio Kaisei-gakko Ichiran. Moreover, this The Calendar of the Tokio kaisei-gakko is not just an ordinary translation, but it allowed foreign professors to add some touches to original manuscript. Therefore, in terms of quantity and context of summary, the English translation out wins and reinforces the Japaneses original manuscript which makes the English translation looks more original script.
  • 28.

    Curiosity and Optic play for the Edo human bodies

    milim Lee | 2012, (32) | pp.551~571 | number of Cited : 0
    Abstract
    The drawings introduced Western medical images to the Edo era Japan. This encounter of art represented through medicine allowed Japan to show its admiration for American civilization during early Japanese modern times. It may be said that a sense of impending crisis between the west and the Orient stimulated their productive will. On the other hand, only a small area of Japan, principally the Dejima section of Nagasaki was opened to the West during the Edo period. However this small opening to the West succeeded in allowing the people of Edo to absorb western culture and knowledge. For example, Kyoden Santo who was a painter during Edo drew ghost like images pests such as mosquitoes or fleas while looking through a microscope <松梅竹取談>seemingly a parody of Western anatomy. Similarly <The skeleton island> drawings by Kyosai Kawabe and Hiroshige Andou drawings are wonderful. The device of parody,which was inherent to western culture, was vulgar but was accepted as advanced knowledge.
  • 29.

    1910년대 조선에서의 일본 전통음악 사정 1 ― 1915년~1917년 전반기의 『경성일보』기사를 중심으로 ―

    LEE, Jisun | 山本華子 | 2012, (32) | pp.573~595 | number of Cited : 8
    Abstract
     本研究では1915年から1917年前半期における『京城日報』の記事から、日本の伝統音楽に関する記事を抽出し、1910年代の武断政治期における日本の伝統音楽の受容状況について把握した。その結果は以下の通りである。 対象種目の中で、公演に関する記事が最も多かったのは、能楽である。京城では、観世、金春、金剛、宝生、喜多の5流派の団体が存在し、公演も行っていた。特に、稽古事として、上流階級の女性たちの間で謡曲や仕舞などが人気を博し、三味線を取り入れた今様能楽も受け入れられた程であった。 浄瑠璃公演に関しては、内外の名人と素人による2種類が行われた。愛好家には弁護士や商議の評議員などがおり、話題性のある素人奏者なども活動しており、彼らの発表の場もあった。 尺八に関しては、琴古流と都山流の公演が行われ、両派の流れを繋ぐ者が京城に居住していたことが分かった。特に都山流の創始者、中尾都山が朝鮮を訪問し御前演奏を行ったことは特記すべき事実であった。また、尺八の楽譜や稽古の広告などが多く載せられていたところから、能楽に劣らず、教習者が存在していたことが想定される。 近代琵琶に関しては、筑前琵琶の公演記事が毎年一度のペースで現れた。薩摩琵琶に関する記事は見られなかった。筑前琵琶奏者が京城で活動していたことがうかがえる。 いずれの種目に関しても、日本人が主な対象となっていたと思われ、当時の朝鮮人が積極的に日本の伝統音楽を身につけたり、鑑賞したという内容は確認できなかった。今後、1917年後半期より1919年の三一事件までの状況も調査し、武断政治期の朝鮮における日本の伝統音楽の受容状況について、総括的に見ていくことにする。
  • 30.

    일본의 해양관할권 주장과 해양경계획정

    Chang-Wee Lee | 2012, (32) | pp.597~619 | number of Cited : 3
    Abstract
    海洋の自由を重視してきた日本は、海洋管轄権の拡大を支持しなかったが、1982年の国連海洋法協約を1996年に批准しながら海洋管轄権の拡大を制度的に受容した。 つまり、1977年の領海法の改正によって接続水域を導入し、さらに、排他的経済水域及び大陸棚法の制定によって兩制度の實施についての国內法的根據を構築した。このように拡大した海洋管轄権は周辺国との海洋境界画定の問題を伴うが、とくに大陸棚と排他的経済水域の海洋境界画定が鍵になっている。この硏究はこれらの点を注目し、日本の海洋管轄権についての主張と、それによって日本がかかえるようになった周辺国との海洋境界画定の問題を考察したものである。具体的に、領海と接続水域、大陸棚及び排他的経済水域についての日本の主張を関連国內法を中心に檢討し、さらに日本の直面する韓国、中国及びロシアとの海洋境界画定についての 問題を日本の学者たちの立場とともに分析した。現在、日本と周辺国は兩者間漁業協定を締結することにより海洋境界の問題を棚上げにした。領有権の問題のある島嶼の周辺には中間水域ないし暫定水域を導入し、協定本文に排除條項を規定することにより、領有権の主張に対する各国の立場が毀損されないようにした。しかし、漁業協定体制はあくまでも暫定的性格を持つのであるため,いつかは海洋境界画定を完成しなければならない。したがって、韓国としては、日本の海洋管轄権と海洋境界についての立場を十分に理解して、それに備えるべきであろう。