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pISSN : 1229-7275

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2011, Vol., No.30

  • 1.

    大学の日本語会話授業における「論理的表現力」の育成 -グループディスカッション·ディベート·プレゼンテーションを中心とした教科書の開発-

    고가마키코 | 아오키 유우코 | 2011, (30) | pp.1~20 | number of Cited : 2
    Abstract
    大学の日本語会話授業で育成すべき力の1つが、「論理的表現力」である。「論理的表現力」とは、自分の思考をモニタリングする論理的思考力と言語運用をモニタリングするメタ言語能力を併せたものであり、論理的コミュニケーションを行う上で必要とされる能力である。「論理的表現力」の育成には、日本語の言語知識および運用能力、一般的・専門的な既存知識、論理的思考力などを伸長させていくことが不可欠であり、これは「アカデミック・ジャパニーズ」で必要とされる力と合致している。こうした力は、日本の大学教育に限らず、日本国外における大学教育においても広く育成されるべきである。「論理的表現力」育成には、(1)既存知識の利用、(2)役割・責任の意識、(3)主体性、の3つを必要とする課題を設定し、協働学習として取り組ませることが重要である。これらの条件を満たす活動として、グループディスカッション、ディベート、プレゼンテーションが挙げられる。しかし、調査の結果、韓国で刊行された現行教科書の中にこの3つの活動を取り入れた教科書は存在しなかったため、筆者らが開発に取り組み、その一案を提示した。この教科書を用いて授業をデザインすることにより、言語能力のみならず「論理的表現力」を育成できると考える。
  • 2.

    政治広告のヘッドラインにおけるレトリックの考察 -形のレトリックを中心にして-

    기타자와 아키히꼬 | 2011, (30) | pp.21~35 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿では政治広告のヘッドラインに使われる形のレトリックを分析した。分析方法は国政選挙における候補者のホームページを資料にし、倒置法、反復法、省略法に焦点を当て調査した。分析の結果を見ると、倒置法は文頭を強調するための倒置と文末を強調するための倒置に大別できるが、調査対象の10%に満たないヘッドラインにおいてのみ使用されており、使われにくいレトリックであることがわかった。反復法は、リズム感によって情報を強調するために使われていることがわかった。反復によって冗長性が生じることを避けるため、対句や省略とセットで使われていることを確認できた。省略法は調査対象の70%以上のヘッドラインにおいて使われ、ヘッドラインの簡略化、断定的な印象の回避、受信者の想像力の喚起、あるいはリズム感によって受信者の興味を喚起させるなど、多様な目的のために使われている。政治広告だけではなく、商業広告におけるレトリック技法の資料を収集分析することによって、本稿の調査結果が広告一般の表現傾向を示すものか、政治広告に特殊な結果であるのかを明らかにすることを今後の課題としたい。
  • 3.

    連体節で現れる「という」と「는」の対照研究 -言語類型論の観点から見た引用構造の対応関係を中心に-

    김보인 | 2011, (30) | pp.35~49 | number of Cited : 0
    Abstract
    本研究は、連体節で現れる日本語の「という」と韓国語の「는」に注目し、引用構造で両形式はどのような相違と類似点で対応関係を持っているかについて言語類型論の観点から考察した。調査資料は、日韓対訳コーパスを用いて、両形式の対応関係を分析した。その結果、次のような2点が分かった。まず、引用構造というのは直接引用と間接引用の両方で使われることで、「는」でも「という」でも、直接・間接引用として使われるのは同様であるが、「という」にはその区別がないのに対して、「는」にはそれが可能であった。例えば、「는」の前に結合する終結語尾によって異なり、「라+는」は直接・間接引用でも使われるが、それ以外の終結語尾「다」,「자」,「냐」に結び付く「는」は間接引用のみで使用されている。また、寺村の「内の関係」という構造からみると、両形式は類似しているところがある。「内の関係」では「という」も「는」も挿入しないが、人間名詞などでは「という」と「는」の入れることも可能となり、この場合は「伝聞」の意味が現れることが分かった。つまり、「内の関係」で「という」や「는」の挿入できないものが、両形式の入れることにより、「内の関係」で成立できない文が可能となる。
  • 4.

    現代日本語における典型的な引用文とその周辺

    김선진 | 2011, (30) | pp.51~69 | number of Cited : 0
    Abstract PDF
    日本語における<引用文>についての先行研究は<主格補語+引用情報+引用助詞+引用動詞>の構造をもっている文に集中されていた。しかし、文の構造さえ異なるものの<引用文>が持っている引用的性質を共有している文がある。本稿では現代日本語における多様な引用文を包括・体系的に捉えるため、まず同じ情報を伝える<非引用文>と<引用文>を対照考察し、<引用文>がもつ情報伝達的な側面を明らかにした。そして典型的な<引用文>がもっている引用的性質について考察した。典型的な<引用文>は第三者から得た情報を聞き手に伝える情報提供文であるが、同時に話し手も聞き手と同じく情報を提供される側であることを表す。このような特徴をもとに本稿では<引用文>を分析するファクターとして文構造、情報源(第三者、聞き手、話し手)、場の二重性を提案した。もっとも典型的な<引用文>は<主格補語+引用情報+引用助詞+引用動詞>の構造をもち、特定の第三者が情報源で、場の二重性が明確である。情報源が聞き手または話し手であったり、場の二重性が薄くなっていたり、文構造が典型的な<引用文>から離れていればいるほど周辺的な引用文になる。
  • 5.

    言語景観における禁止表現に関する日韓対照研究 -禁止項目による違いを中心に-

    김순임 | 2011, (30) | pp.71~87 | number of Cited : 5
    Abstract
    本稿では日韓の言語景観としての禁止表現を分析対象とし、禁止項目による敬語形式や表現形式の違いや、禁止項目の指数化という方法を用い、項目間の位置づけも試みた。分析の結果、韓国語に比べ日本語の方が最上敬体や敬体などの改まった表現を多用し、韓国語は体言止めの事例が多いことが分かった。また、全般的に間接的な表現よりは直接的な表現が多用されていたが、これに関しても韓国語の方が直接的な表現を多用していることが明らかになった。このことで同じ禁止を表す場合でも韓国語の方が、直接的でかつ丁寧でない表現を使う傾向があることが分かった。さらに、商業施設や公共施設で使われそうな飲食、携帯電話、ペット同伴、喫煙などは敬語使用も多く、道路で観察できる車や自転車関連の項目は直接的で、敬語もあまり使われていないことが分かった。
  • 6.

    한국의 관광안내소에서 나타나는 인사행동의 한일 비교

    Young Joo Kim | 2011, (30) | pp.89~103 | number of Cited : 1
    Abstract
    본고에서는 관광안내소를 방문하는 한국인과 일본인 관광객의 인사행동을 중심으로 특징적인 차이를 밝혀서, 접객 상에서 불러일으킬 수 있는 오해와 마찰을 이해해고자 하였다. (1)커뮤니케이션 도입시점에서는 한일 양국 모두 인사말의 생략이 두드러지며, 비정형화된 인사말이 등장하는 않는 공통점을 가지고 있다. 그러나 인사 생략에 있어 한국인의 경우 ‘용건'만을 제시하는 경우가 대부분이었으나, 일본인은 ‘사죄 표현’과 ‘환기어구’ 등을 사용하여 인사를 생략하는 경향이 있었다. 또한 비언어 행동의 출현 빈도수와 비언어 행동의 각도에도 한일 양국 간의 차이가 있는 것으로 확인되었다. (2)커뮤니케이션 해소시점에서는 한일 양국 모두 언어・비언어 행동이 증가하였다. 또한 한국인의 경우 인사행동과 연령과의 상관관계가 존재하였으나, 일본인의 경우는 확인할 수 없었다. 한일 양국 간의 비정형화된 인사행동과 비언어 행동의 차이는 커뮤니케이션 상에서 오해와 마찰을 불러일으킬 가능성이 있을 것으로 추측된다. 따라서 양국 간의 인사행동을 비교함에 있어, 정형화된 인사말의 횟수만을 비교하는 것은 한계가 있으며, 문화적 의식의 차이에서 비롯되는 비정형화된 인사말과 비언어 행동을 이해하는 것이 향후 양 국민의 원활한 커뮤니케이션을 위해 중요할 것이다.
  • 7.

    「-的」の日本語化

    Yu Young, Kim | 2011, (30) | pp.105~126 | number of Cited : 5
  • 8.

    漢語動詞文における他動化と使役化

    Heesung Kim | 김영숙 | 2011, (30) | pp.127~138 | number of Cited : 0
    Abstract
    現代日本語の和語動詞文において、自動詞文に対応する他動詞文と使役文の成立可能性は「を」格名詞句(被使役者)の自発性の有無によって決まるとされている。しかし、漢語動詞文の中には(1)のように「を」格名詞句の性質に関係なく、他動詞文と使役文の両方が成立する場合が見られる。(1) a. 労働組合を{解体する/解体させる}。  b. 被害を{軽減する/軽減させる}。本稿では、このような現代日本語の漢語動詞文の他動詞文と使役文が成立する条件について主語の意味役割の観点から考察を行った。金(1999)、金(2000)では状態述語文の他動化と使役化の成立において主語の意味役割が重要な役割を果たすことを指摘している。つまり、主語の意味役割が動作主の場合、他動詞文のみが成立するのに対して、原因の場合は他動詞文と使役文の両方とも成立する傾向があるということである。漢語動詞文に関しても同様の現象が見られるが、主語の意味役割が異なる(2a)と(2b)では他動詞文と使役文の成立可能性に違いがある。(2) a. (私は)機械を{分解する/ *分解させる}ことで、中がどのようになっているかを調べた。b. 超音波がノルアドレナリンを増加させて、脂肪を{分解する / 分解させる}。なお、動作主主語にもかかわらず使役文が成立する(3a)のような文に関して典型的な動作主主語文である(3b)との比較を通じて考察を行った。(3) a. 国鉄は、全距離帯にわたってそのシェアを{縮小した/縮小させた}。b. 画像サイズを{縮小する/*縮小させる}にはメニューの「開く」をクリックする。
  • 9.

    文字の読み書きを習得する協働学習 -学習者の裁量を生かす試み-

    NAGO MARI | 2011, (30) | pp.139~155 | number of Cited : 2
    Abstract
    本稿では文字学習のどの部分にどのように学習者を関わらせれば効果的な協働学習になるかを見いだすため、ひらがな習得のための[学習方法を考案する]協働学習とカタカナ習得のための[学習成果の判定材料を選択する]協働学習を実施した。学習法を考案するひらがなの協働学習では全員参加型の適切な学習法を考案したグループと適切な学習法を見いだせないグループに2分された。前者は高い学習意欲を持って良好な習得状況を示したが、後者は考案した学習方法に確信がもてず読み書きの習得が十分なされなかった。一方、学習成果判定を学習者に委ねたカタカナの協働学習では、出題問題の選択を通してむしろ出題するメンバー自身に読み書きの学習が進んだ。習得状況も一様に高く、今後の文字学習において使用可能性が見いだせる協働学習だ。しかし、出題問題の選択は学習者自身の純粋なアイディアの介入ではなく、規定された範囲内での選択作業だ。これは学習者の裁量の中でも最も自由度が低いもので、主体的学習の意識が薄くなる恐れもある。
  • 10.

    “上代 특수 표기법 O(オ)단 갑·을류 백제인 기원설”에 대하여

    Mizuno Shumpei | 2011, (30) | pp.157~172 | number of Cited : 1
    Abstract
    上代 일본어의 차자 표기법에 나타나는 上代 특수표기법(上代特殊假名遣)을 어떻게 해석하느냐는 일본어학에서 큰 논란거리가 되어 왔다. 上代 특수표기법이 실질적인 모음의 변별에 기인한 것인지의 여부를 둘러싸고 현재까지 다양한 논의가 이루어져 왔다. 그 과정에서 上代 일본어의 o(オ)단 갑·을류의 구분이 백제 한자음의 영향을 받아 형성되었다는 주장이 제기되었다. 즉, 上代 일본어의 필기 활동을 주로 백제계 도래인이나 백제 멸망에 따라 일본(왜)에 망명한 백제 귀화인이 담당하였으며, 그들이 上代 일본어의 조건 변이음이었던 원순성을 띤 /o/와 원순성을 띠지 않는 /o/를 알아듣고 구별하며 표기함으로서 お단 갑·을류의 구분이 생겼다고 하는 주장이다. 그 근거는 お단 갑·을류의 표기에 쓰인 한자를 중세 한국 한자음과 대조하면 갑류에는 주로 ‘ㅗ’ 모음이 포함된 한자가 쓰이고 있으며, 후자에는 주로 ‘ㅓ’ 모음이 포함된 한자가 쓰이고 있다는 점이었다. 다시 말해 上代 일본어의 o(オ)단 갑·을류 표기는 일본인이 변별하지 못했던 /o/의 변이음을 백제인이 변별하여 백제 한자음을 바탕으로 한 차자표기로 표기한 결과라고 보는 것이다. 본고에서는 上代 일본어의 o(オ)단 갑·을류 표기가 백제인에 의해 이루어졌다는 주장을 편의상 “上代 일본어의 o(オ)단 갑․을류 백제인 기원설”이라 부르고, 선행 연구에서 밝혀진 백제 한자음을 비롯한 고대 한국 한자음의 특징에 비추어서 그 타당성 여부를 살펴보았다. 고찰의 결과 “上代 일본어의 o(オ)단 갑·을류 백제인 기원설”이 주장하듯이 上代 일본어 자료에서 o(オ)단 갑류 표기에 쓰인 音假名는 중세 한국 한자음에서 ‘ㅗ’로 반영되고, o(オ)단 을류의 표기에 쓰인 音假名는 중세 한국 한자음에서 ‘ㅓ(ㅡ)’로 반영되고 있다. 다만 o(オ)단 갑·을류 표기에 쓰인 音假名의 유기·무기음 대립에 관한 문제, 또한 한자음의 淸濁에 관한 문제에는 아직 논의를 거쳐야 하는 과제가 남아 있으며 o(オ)단 이외의 다른 단까지 연구 범위를 확대하여 고찰할 필요가 있을 것으로 보인다. 아울러 재구된 백제어 음운과 백제 한자음과 o(オ)단 갑·을류의 音價를 대조하는 작업도 필요할 것이다.
  • 11.

    한일 양언어의 감정복합동사의 구조분석

    Eun Mi Song | 2011, (30) | pp.173~188 | number of Cited : 6
    Abstract
    한일 양언어에 있어서 감정복합동사의 구조분석을 위해 크게 두 가지 방법으로 나누어 분석ㆍ고찰하였다. 찰방법으로는 첫째, 감정동사를 감정변화동사ㆍ감정상태동사ㆍ감정반응동사로 감정동사의 분류 유형을 제안, 이를 기초로 해당하는 용례에 대한 상세분류를 실시하였다. 둘째, 한국어와 일본어에서 동사분류로 많이 행해지고 있는 자동사와 타동사가 감정복합동사의 구성요소로서 위치할 경우를 항별 존재여부에 따라 나누어 분석ㆍ고찰하였다. 이를 통하여 한일 양언어의 감정복합동사의 특징 및 한일 양국인의 감정표현에 대한 언어성향을 잘 알 수 있었다. 금후에는 감정복합동사를 이루는 동사들 간의 의미구조 및 의미관계에 대해서 고찰 해 보고자 한다.
  • 12.

    日本の妖怪としての「狐」と「狸」にまつわる言語表現 -韓国語表現との対照を中心に-

    SHIN HYE SOOK | 2011, (30) | pp.189~206 | number of Cited : 3
    Abstract
    動物が化けた日本の妖怪「狐」と「狸」は、伝説や説話などで様々なイメージで描かれている。そして、その イメージは言語表現にも影響を与え、慣用表現や比喩表現などで多様なイメージで使われている。伝説や説話の影響により、妖怪としての「狐」と「狸」は、相手を惑わす悪賢さ、イタズラモのと滑稽さ、妖力の象徴として言語表現に表われている。特に、妖怪「狸」は言語表現の中で嘘つきの象徴でも使われており、「狐」と違うイメージで表現されることもある。妖怪である「狐」と「狸」は、伝説や説話の中でのイメージが言語表現に表われていないこともあるが、殆んどの場合は、そのイメージに基づいて使われている。また、「狐」と「狸」が使われた日本語表現は韓国の多様な表現と対応できるが、特に韓国の妖怪「귀신(鬼神)〈クィーシン〉」「능구렁이(大蛇)〈ヌンクロンイ〉」「도깨비(鬼)〈トッケビ〉」「여우(狐)〈ヨウ〉」と対応する表現もみられ、両国語の妖怪表現に対する対照研究も可能であると思われる。
  • 13.

    繼續相に関する一考察 -日·ハンガリ─語の對照を中心に-

    안지홍 | 2011, (30) | pp.207~223 | number of Cited : 1
    Abstract
    既に多くの研究から指摘されてきたように、基本的なアスペクト的意味は完成相と繼續相である。このうち、繼續相は動作繼續と結果繼續というアスペクト的バリアントをもっているが、これは言語によって同一な形態で表されることもあり、異る形態で表されることもある。例えば日本語の標準語は「シテイル」形で動作繼續と結果繼續両方を表すが、西日本方言は「シヨル」「シトル」形式で各々動作繼續と結果繼續を表す。一方、本稿の考察對象のハンガリー語は、前者と後者の特徵を兼ね備えている。日本語の標準語のように、<動作繼續>と<結果繼續>両方ともに同じ形式で表されることもあるが、西日本方言や韓國語などのように<動作繼續>と<結果繼續>が各々異なる形式で表されることもある。つまりハンガリー語において、無標形式の動詞と動詞接頭辭の倒置は<動作繼續>も<結果繼續>も表す反面、副動詞構文と有標形式の變化動詞は<結果繼續>しか表さない。このような考察から、日本語ほど文法化された形態論的な手段を持たない言語もあり、形態論的な手段しても日本語のように同一な形態が二つのアスペクト的意味を表す言語もあり、言語によって無標・有標形式が反対に現れうることが分かる。
  • 14.

    コミュニケーション・ストラテジー研究の課題

    lee kil yong | 손민수 | 2011, (30) | pp.225~240 | number of Cited : 4
    Abstract PDF
    本稿は、第二言語習得論および異文化間コミュニケーション論の観点から、日本および韓国におけるコミュニケーション・ストラテジーに関する研究の成果および問題点を整理しつつ、今後のコミュニケーション・ストラテジー研究に要求される課題群について検討するものである。コミュニケーション・ストラテジーは、1980年代にコミュニケーション能力の下位能力として認知され、その定義および構成要素の分類などといった理論的な研究が行われ始めた。現在のコミュニケーション・ストラテジー研究には、問題処理ストラテジーと円滑化ストラテジー(Canale)、相互作用による意味交渉(Tarone)、潜在的で自覚的な計画(Faerch&Kasper)という3つのアプローチが確認される。コミュニケーション・ストラテジーの全体像の究明、ストラテジーの発達プロセスの解明、会話参加者のインターアクションのなかでのコミュニケーション・ストラテジーといった3点に注目して、日本と韓国におけるこれまでの研究に目を通すと、次の2点の研究のあり様が見出される。(a)学習者の文法能力に関して達成ストラテジー項目が個別に分析されている。回避ストラテジーや縮小ストラテジー、また社 会言語的項目については未開拓のままである(b)学習者の表出発話に焦点が当てられ、コミュニケーション・ストラテジー習得の外的要因に関する研究が行われている。一 方で発話のやりとりといったインターアクションの側面が不足しているこうしたコミュニケーション・ストラテジーに関する研究の成果や問題点を踏まえると、以下の3つの研究課題が提示される。(ⅰ)回避ストラテジー・縮小ストラテジーの解明(フォローアップ・インタビューの活用)(ⅱ)社会言語的項目の分析(stylistic variationの考え方の導入)(ⅲ)発話のやりとりの中でのストラテジーの発達プロセスの解明(言語管理理論の導入)今後のコミュニケーション・ストラテジー研究は、なぜそのストラテジーが選択されるのかといった仮説検証型あるいは要因分析型研究へつながることが求められる。
  • 15.

    韓国人学習者が間違えやすい類義語について -「感心」と「感嘆」を中心に-

    Jonghoon Choi | 2011, (30) | pp.241~254 | number of Cited : 0
    Abstract
    本稿では韓国語を母語とする日本語学習者にとって間違えやすい漢語のうち、韓国語の一語に対して複数の日本語が対応し、しかもそれらの語が日本語内において類義関係にある「感心」と「感嘆」の意味特徴の重なりとずれについて考察した。考察の結果、ある事柄に接して心が動かされる度合いが非常に弱く軽い気持の場合と、心が動かされる対象が人柄・性格・行為(行動)など、尊敬・賞賛などの念を持って心を動かされやすい場合は「感心」が用いられる傾向が強いことが分かった。韓国語訳においては、ある事柄に接して心が動かされる度合いが非常に弱く軽い気持の場合は、「感心」を韓国語に直訳すると不自然になるが、このような場合は文脈によって適当に意訳するしかないと考えられる。これに対して心が動かされる対象が人柄・性格・行為(行動)など、尊敬・賞賛などの念を持って心を動かされやすい場合は「感心」が「감탄」の他に「감동」にも訳されるが、尊敬・賞賛などの気持が韓国語の「감동」によく表われていると言える。また、「感心」は名詞形として用いられることはあまりなく、サ変動詞として用いられることがほとんどであり、一部は形容動詞として用いられることもある。形容動詞として用いられる場合は韓国語では「감탄하다」ではなく「기특하다」「대견하다」「놀랍다」などの形容詞に訳されるのが一般的である。
  • 16.

    助詞「やら」の用法について -洒落本と滑稽本を中心に-

    Ha, Ju Young | 2011, (30) | pp.255~267 | number of Cited : 1
    Abstract
    本稿は江戸中期以降の口語性のつよい資料である洒落本と滑稽本の中から「やら」の用法を調べてみた。「やら」は「やらん」を経て「やろう」から転じたもので、室町末期に成立したものである。これは、江戸初期まで主に副助詞的用法として使われるが、一方、終助詞的用法も見られる。なお、並立助詞的用法も見られるが、過渡期的な形の用例が多く見られるので、並立助詞になったとは言えないだろう。以上の「やら」を江戸中期以降の小説の中で調べて結果、疑問詞の「なに」「どう」をうけて一つのまとまりを作って副助詞化する傾向が見られることがわかった。また、不確実な気持を表す意として使われる用法のほか、一つの例を取り上げて断言しないでやわらかくいう婉曲の意として使われる用法があることがわかった。さらに、並立助詞的用法の「やら」は、過度期的な形の「とやら」の形も並存して使われるが、「やら」の用例が「とやら」の用例より多く見られるし、『浮世床』には「とやら」の用例は1例も見られないので、この時期から「やら」が単独方式で並立助詞として使われ始めたのではなかろうか。最後に、「やら」の終助詞的用法は、地の文にその前身である「やらん」が使われるが、これは地の文が説明文という性質のためで、この時代にはすでに「やら」の終助詞的用法は使われなくなったと思われる。