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パトロンとしての藤原道長 ―『紫式部日記』を主軸にして―

SOONBOON CHEONG 1

1배재대학교

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ABSTRACT

 芸術創造の長い歴史の上で芸術の保護者であるパトロンたちが果たした役割はかなり大きく、富と権力を誇るルネッサンスの王侯貴族や教会、新興の近代市民階級、コレクターや画商、そして現代の政府企業などは、芸術のあり方に多大な影響を与えてきた。 日本にもパトロンによって文学が隆盛した時代がある。平安時代の摂関政治では、貴族たちが競って娘を天皇に嫁がせ、生まれた皇子を天皇に即位させて外戚関係を築き、権力を掴もうとした。周辺に集められた女房たちは、知性を磨き合い、高め合って女房文学が花開いたのである。摂関体制がそのパトロンの役割を果たしたと言えるが、中でも一条天皇の中宮彰子サロンには、錚々たる才女が集められており、紫式部を始め、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔など、後世に名を残した人ばかりである。その彰子サロンの中心にはパトロン藤原道長がいて当時の女房文学を主導していた。もちろん道長は自分の権力維持や家の栄華を目的にしていたものの、平安女房文学があれほど栄えたのはやはり道長に負うところが大きいと言える。しかも、道長は単なる文芸の後援者にとどまらず、より積極的なかたちで文学創作に関ろうとした。   道長は、行事を主宰したり女房たちに和歌を要求したりする、平凡なパトロンとしての人物ではなく、紫式部を恋慕の女性としその女性を恋い慕う男性として演出したのである。当時は貴顕たちが物語的歌集や歌物語の主人公となることを一つのステイタスと考えているふしがあり、道長も自ら女性に恋を求める風流男になろうとしたと見られる。政治家の中には文芸の世界にも関わり名をとどめようとする人がいるが、平安時代の道長は、『源氏物語』という大長編物語製作のパトロンとなるとともに、日記文学『紫式部日記』と漢文日記『御堂関白記』における主人公的な存在として文学史にその名を残し得ている。

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This paper was written with support from the National Research Foundation of Korea.