@article{ART001135373}, author={정병호}, title={일본근대문학예술논쟁(2) ― <문학과 자연논쟁><소설론략논쟁>과 자연 ―}, journal={Journal of Japanese Culture}, issn={1226-3605}, year={2004}, number={22}, pages={263-278}
TY - JOUR AU - 정병호 TI - 일본근대문학예술논쟁(2) ― <문학과 자연논쟁><소설론략논쟁>과 자연 ― JO - Journal of Japanese Culture PY - 2004 VL - null IS - 22 PB - The Japanese Culture Association Of Korea (Jcak) SP - 263 EP - 278 SN - 1226-3605 AB - 本論文は、1889年に女學雜誌を舞台とした<「文學と自然」論爭>、<「小說論略」論爭>をとおして、その論爭の論点と日本文學史におけるその文學論爭の意味を追究したものである。
日本近代文學史において、明治20年代はいわゆる「論爭の季節」として認識されてきた。この明治20年代の文學論爭は、芸術的文學觀と功利主義的文學觀の對立、あるいは想實論爭というかたちで議論されてきた。明治20年代の文學論爭をこのような眼差しからみた場合、この文學論爭の導火線となったのが、1889年女學雜誌を舞台とした<「文學と自然」論爭><「小說論略」論爭>である。ここで<「文學と自然」論爭>は岩本善治と森鷗外の間で、<「小說論略」論爭>は岩本善治と內田魯庵の間で、「リアル」と「アイデアル」の問題と文學における倫理性の問題をテーマにし議論が進められた。
この論爭の一方の軸であった岩本善治の場合は、この論爭をとおして「實際派」から「理想派」へと一変したと、その論理の矛盾が非難されてきた。しかし、彼の文學論を彼の文學芸術論のキーワードである「自然」という槪念からみた場合、彼の文學觀はそれほど変わってはいない。この二つの論爭は、政治小說や小說神髓の刊行以降、知識人たちの文學に關する言說の活發化に伴い、文學そのものを巡る社會一般の關心を高めさせる契機を形成したといえる。とりわけ、文學の問題からすると、「想」であるか「實」であるか、すなわち「寫實」なのか「理想」なのかという文學思潮の問題が日本文學界に全面的に登場し、それぞれの批評家が自分の立場と論理を提示する、本格的な文學論爭の端緖を提供した一大事件と評価できる。
KW - DO - UR - ER -
정병호. (2004). 일본근대문학예술논쟁(2) ― <문학과 자연논쟁><소설론략논쟁>과 자연 ―. Journal of Japanese Culture, 22, 263-278.
정병호. 2004, "일본근대문학예술논쟁(2) ― <문학과 자연논쟁><소설론략논쟁>과 자연 ―", Journal of Japanese Culture, no.22, pp.263-278.
정병호 "일본근대문학예술논쟁(2) ― <문학과 자연논쟁><소설론략논쟁>과 자연 ―" Journal of Japanese Culture 22 pp.263-278 (2004) : 263.