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About a woman portrait-reputation beautiful woman of the Edo era

  • 日本硏究
  • 2011, (30), pp.453-477
  • Publisher : The Center for Japanese Studies
  • Research Area : Humanities > Japanese Language and Literature
  • Published : February 20, 2011

milim Lee 1

1성결대학교

Accredited

ABSTRACT

現在、テレビにせよ、雑誌にせよ、マスコミは、少女たちの顔や体の美貌や肌を必要以上にたれながし、彼女らの身体の一部分を取り上げ話題にし、ドラマや映画ばかりか、テレビCMにまで、どぎついセックスシーンがわけもなくあふれかえている。経済的も社会的も何も力の持たない少女たちは、大人と社会の被害者だと思われるのだけど、そんな彼女たちの姿がかわいいとでも思っているか、最近話題を呼んでいる。その原因を考えるに、近世以前には女性美の理想や典型が存在しなかったけれど、江戸時代の社会には、女性の理想像である評判娘がしっかり根を下ろし、今日のモニング(morning)娘の典型や理想としていたっている。本 稿では江戸時代の浮世絵のなかで描かれた評判娘の姿の分析を試みた。体表的なのは春信が主に描いた、上野の山の奥、谷中の笠森稲荷の社前でお茶を供した水茶屋、鍵屋の娘お仙、彼女は浅草の浅草寺境内の楊枝店、本柳屋のお藤とともに、江戸中の人気をさらった美貌の評判娘であった。ところが、春信の錦絵や様々な印刷物の挿絵をいくら比べてみても、お仙とかお藤の容貌の差を認めることは難しい。そのことは歌麿の場合も同じであった。体表的に〈當世三美人〉と題して、難波屋お北、高島屋お久、それに富本豊雛の三人を一図にまとめた間判錦絵があるが、微妙なニュアンスの差が口元、目元に表されているものの顔のほとんど変わりが無いのである。浮世絵の評判娘 美人画にあっては、モデルの女性がいかなる顔立ちをしているかというよりも、どの浮世絵師の美人のタイプで表わされているかということのほうが大切だったのである。画家は自分の美人形を売り物にしているし、評判娘は自身のイメージを売りものにいていたのであろう。顧客の主な対象が気まぐれで新しいもの好きの江戸の町人であったから、流行の最先端を主導する一流の絵師の版画にどうしても愛好が集中しがちであった。今日の一流が明日も一流である保証はなく、人気絵師の交代はふつう短いインターバルで行われるのが常であった。マスコミ文化が高度に発達した江戸時代も今日も同じことがいえるだろう。

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