@article{ART000940064}, author={kim seon hwa}, title={『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―}, journal={Journal of Japanese Culture}, issn={1226-3605}, year={2004}, number={20}, pages={125-138}
TY - JOUR AU - kim seon hwa TI - 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して― JO - Journal of Japanese Culture PY - 2004 VL - null IS - 20 PB - The Japanese Culture Association Of Korea (Jcak) SP - 125 EP - 138 SN - 1226-3605 AB - とはずがたりは卷一から卷三までは二條の宮廷での愛慾生活が、卷四․五では出家遁世して尼になった二條が旅する姿が描かれている。二條の宮廷生活が描かれている卷三までにおいて、二條の出家志向が語られる場面で憂き「世」への認識と出家願望が頻繁に窺える。二條にとって逃れるべき憂き「世」とは何を意味しているのか。ここでの「世」とは憂き「世」として描かれ、逃れたい對象としての「世」である。
本稿では二條が頻繁に語る出家願望の場面、そして出家願望が語られる部分で一具として繰り返し語られる憂き「世」への認識を探ることから二條にとって逃れたい「世」とは何か、そしてその「世」を捨てることの意味は何かということについて追究した。また、二條の出家が修行という旅のかたちをとって立ちあらわれることに注目して、二條が志向する出家のかたちとの比較から、二條の出家の持つ獨自性について考察した。
二條における「世」とは單純な<男女の仲>の世ではなく、院という上皇とそれに仕える後宮女房という主從關係の許で成立する「世」である。二條の出家は<愛欲の罪から出家遁世へ>といった單純な圖式に歸されるべきではない。二條における「世」とは君卽ち帝․院との主從關係の中で、その意味を持つところの君の「世」であるのである。
そして宮廷生活のなかで二條が常に志向する出家遁世のかたちが「山のあなた」「靜かなる住まひ」で、表現されるように、二條は寺での定住生活を願望したにもかかわらず、出家後に彼女が實際に選擇した道は旅であった。草庵での隱遁生活とは二條が自分の意志で出家遁世を決められなかったように、實現不可能な狀況下での願望であった。二條の修行のかたちが旅でなければならない必然性があり、それは鎌倉、伊勢での二條の役割からも窺えるように宮廷女房という二條の置かれた環境と深く關わると言えよう。
KW - DO - UR - ER -
kim seon hwa. (2004). 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―. Journal of Japanese Culture, 20, 125-138.
kim seon hwa. 2004, "『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―", Journal of Japanese Culture, no.20, pp.125-138.
kim seon hwa "『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―" Journal of Japanese Culture 20 pp.125-138 (2004) : 125.
kim seon hwa. 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―. 2004; 20 : 125-138.
kim seon hwa. "『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―" Journal of Japanese Culture no.20(2004) : 125-138.
kim seon hwa. 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―. Journal of Japanese Culture, 20, 125-138.
kim seon hwa. 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―. Journal of Japanese Culture. 2004; 20 125-138.
kim seon hwa. 『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―. 2004; 20 : 125-138.
kim seon hwa. "『とはずがたり』硏究 ―憂き世認識に注目して―" Journal of Japanese Culture no.20(2004) : 125-138.