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일본의 여백문화와 요세이(余情)(2)ー<하나비>와 <기미가요>를 통해 감지할 수 있는 정서적 여백의 가능성과 관련하여ー

Lee, Jin-Ho 1

1원광대학교

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ABSTRACT

そもそも、東アジア全般にかける<間(余白)>の文化は、今に生きる文化現象の一つとして、その思想的背景の確立は、おそらく朱子学の宇宙観ㆍ世界観として、万物の生成過程に対する認識から求められよう。とはいえ、勿論こういった朱子学の思惟概念は、先行の儒学はもとより、周易の陰陽論や道教ㆍ仏教の認識論から影響を受けたもので、決してその嚆矢とは言えまい。 ところで日本の場合、<間>の文化は、従来から殊に短詩型文学ジャンルにみる言語上の省略と関連づけてしばしば問われてきた。しかし<間>についての認識は、その辞典的な意味として、視覚ㆍ聴覚以外にも、人間の普遍的な感覚を通して感知できる情緒的な<間>への可能性もあるはずで、こういった人間の共有情緒による<間>はときおり芸術方面を通して散見できる。一例として、映画<はなび>においての極端に制限された背景音楽や、日本の国歌<君が代>にみる不完全な変格の終止も例外ではなかろう。 即ち、映画の背景音楽は、劇的効果をあげるための必要不可欠な要素で、映画の切迫な場面や絶頂などに取入れられるのが一般と言える。にも拘らず、<はなび>にはその比較の対象たる<指輪物語>に比し、その比重はもとより、切迫な場面や絶頂などにもおかれないなど、極端な制限が認められる。また、<君が代>は、古来から伝わってきた壱越調という旋律を取っているとはいえ、今日の和声学からみると、その終り方が変格の中断終止、あるいは変格終止といった変格の終止を取っており、最後の部分に余韻を残す。なお、その余情として考えられるのは、その権威の変遷はあったにせよ、今に現存する天皇制を象徴するかも知れない。 そこで思うに、これらの傾向は、同文化圏の中でも、特に他の国では見られ難い現象ともいうべきで、日本の<間>の文化の広範囲性を示唆するものといえまいか。少なくとも、これらの傾向は、日本の<間>の文化への広義的理解の一環として、その意味合いを問うべきであろう。

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