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기쿠치 간(菊池寛)과 조선예술상* ―제국의 예술제도와 히에라르키―

홍선영 1

1한림대학교

Accredited

ABSTRACT

 文化芸術制度において「褒賞」、競演, コンクールなどの競合による文学及び芸術作品のヒエラルキーは国家権力による「総動員体制」において強力な文化装置として利用されてきた。また近代的学問知識と文化芸術に対する国家の保護奨励政策とは「国民統合」と国民国家形成に寄与する学術及び文芸の「動員」にほかならなかった。したがって本稿は「帝国」日本の植民地統治において文化芸術制度による統制は「褒賞」を通じる序列化と差別的排除など非常に多様な方式において行われてきた点を明らかにした。とくに菊池寛が朝鮮芸術のために1939年新たに設定した「朝鮮芸術賞」という制度を通じて朝鮮の芸術界は芸術賞受賞作/非授賞作という文化的ヒエラルキーの中に編入させようとしたこと、朝鮮芸術賞を設定した目的は「我国文化」すなわち日本文化のために朝鮮の芸術活動を奨励することにあった。そしてそれは朝鮮固有の伝統と歴史を保有する領域が厳然に存在するにもかかわらずこれを「朝鮮芸術」というただ一つのフレームの中で「我国文化」のなかの「朝鮮芸術」という位階的秩序=ヒエラルキーを創出させた点を明らかにした。

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This paper was written with support from the National Research Foundation of Korea.