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춘원(春園)과 소세키(潄石) 초기소설에 나타난 여성상 비교고찰

  • 日本硏究
  • 2008, (25), pp.183-202
  • Publisher : The Center for Japanese Studies
  • Research Area : Humanities > Japanese Language and Literature
  • Published : August 20, 2008

Yun Hye Young 1

1충남대학교

Candidate

ABSTRACT

本稿では、『無情』と『虞美人草』との女性描写と女性意識について分析し、相反する女性造形の原因について考えてみた。 まず『虞美人草』には漱石の描いた女性の中では珍しく丙午生まれで死を迎える藤尾が登場する。藤尾は内·外的に近代的な女性としての面貌を持っている。一方、恩人の娘であり「可憐」な花のような過去の女性である小夜子が登場する。二人の間で悩んだ小野は結局小夜子を選ぶがこれが愛情のない「義理」と「責任」による選択であった。すなわち、藤尾と小夜子は文明と過去を象徴する観念が作り上げた心理的な変化のない人形のようなキャラクターであると言えよう。また「尊い女」·「誠の女」として描かれる糸子は暗い結婚観を持っている甲野と結婚する。漱石は小野と小夜子、甲野と糸子の結合を通して近代文明社会の中で生きている人間の宿命的な悲劇をも暗示している。 『無情』には財産家の一人娘である善馨(ソンヒョン)と恩師の娘で過去の女性である英彩(ヨンチェ)が描かれている。善馨は外的には近代的な女性に見えるが、父の言葉に従って婚約するのを見ると過渡期を代表する女性である。しかし以降愛に目覚めていく。暗澹たる当時の朝鮮を象徴している英彩も自殺しようとするが汽車の中で偶然出会った新しい女性のピョンウクの旧道徳に対する批判を聞いて新しい生活のために留学を決心する。 こうした差は相違する時代背景と中年と青年という執筆年齢の違い、恋愛経験によるものであろう。即ち、李光洙は無知で力のない朝鮮の人たちを教育させ、文明国へと導いていく発展的な女性像·青年像を提示している。一方、漱石は「道徳心」を鼓吹して外面と内面が調和する近代化を追求したのであり、このような意図が女性を通して披瀝されているのである。

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