본문 바로가기
  • Home

‘식민지기 조선인 여성작가’ 최정희의 문학과 전쟁동원 ― 여성성과 전쟁동원 논리 결합양상을 중심으로 ―

  • 日本硏究
  • 2012, (32), pp.293-313
  • Publisher : The Center for Japanese Studies
  • Research Area : Humanities > Japanese Language and Literature
  • Published : February 20, 2012

Kim Hyo Soon 1

1고려대학교

Accredited

ABSTRACT

本論文では植民地時期日本帝国の動員政策と女性作家達の親日の方法を検討し、女性作家としての崔貞熙の文学の女性性と戦争動員論理との結合の在り方について追究した。その結果、女性作家達の親日作品は、ただ作家が女性だとして全てが女性性を預かったり女性解放を志したとは言えないし、或いは女性性を預かっていても、その概念や女性解放の追究の方法は作家によって違っていることが明らかになった。第一任淳得は意識的に文学の中で女性性を排除し、民族解放の問題を全景化することによって非協力の抵抗を具現している。また崔貞熙とともに代表的女性親日作家として評価されている張德祚は、女性性を西欧の個人主義・自由主義の産物として否定している。そのような有り様は毛允淑、盧天命等の詩の場合においてはもっと露骨的に露になっており、女性性そのものは否定されるべきものとして、それから母性は国家と民族、東洋平和のために犠牲されるべきものとして描かれている。或いは戦争遂行という男性中心の世界に同化しようとする欲望さえ露にしている。即ち抵抗であれ協力であれ、女性作家達の日本語作品において女性性は抹殺、或いは抑圧する形で日本帝国の同化政策の論理に従っているこたが分かった。ジェンダー批評家達の指摘している女性解放への期待は見えない。そればかりかではなく、むしろ男性中心主義的家父長制や国家イデオロギーなどが女性性を抑圧していることは隠蔽・忘却されているのである。それとは違って崔貞熙の親日文学においては、恋愛感情(ロマン)、美、母性などの女性性は否定され排除されるべきものではなく、歴史的・相対的概念である。それで女性性は戦争を遂行する歴史的・社会的コンテキストに合わせて再規定されることによってて動員イデオロギーと結合されていく。すなわち、崔貞熙の親日作品に於て女性性は国家や民族のために否定、犠牲、排除されるべきものではなく、女性として或いは人間として自我を実現するために守らなければならないものとして描かれている。それが他の女性親日作家達の作品と崔貞熙の文学とが違っている所であると言える。

Citation status

* References for papers published after 2023 are currently being built.

This paper was written with support from the National Research Foundation of Korea.